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タイの小学校では毎朝8:20鼓笛隊の演奏で生徒がかなり音程をはずして国家を斉唱しながら国旗を掲揚する。制服も何種類もあり可愛い。皆かなり自由に振る舞っていて見ていて楽しい。
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雨の日は屋根の下で朝礼。皆でワイでお祈り?をしていた。
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授業で綱引きをしていた。男子と女子チームとに分かれて・・・
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お祈りの時間も雑談する小学生。おおらか?
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タウンの競技場で小学校の運動会?がありバトンや鼓笛隊が歩道で待機していた
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9/19ホテルのエレベーターと学校校門に津波の避難訓練があると。
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13:30サイレンが鳴り響く
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2階建ての低学年生校舎と1階の生徒が走って3階の教室へ駆け込む訓練だった。
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9/20朝テレビをつけると国軍のクーデターで権力を掌握したと言うニュースが。テレビ局も全て管理下に置かれ、全てのテレビは国王の即位60周年の番組などだけを流していた。その中衛星系?の1社nationchannelが今の状況の映像を流していた。ホテル下の住宅で子供達の声がしていた、学校が臨時休校で子供達はうれしそうにビーチで遊んでいた。午後にはテレビも通常番組に戻った。プーケットは普段と同じ生活であった。日没前にビーチへでたら巡視船が沖合に停泊していた。変わった事はそれくらいでその横をバナナボートが走っていた。
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クーデター翌日の9/21パトンにある小学校対抗の運動会?がビーチ横のサッカー場で開かれていた。大会前はチアリーダーと鼓笛隊が行進していた。
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大手のガソリンスタンド、1リットル26〜29B、町のスタンドは24時間営業。時々普通の民家で酒瓶にガソリン1リットルを入れて販売しているところもある。
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至る所にある露天のツアーインフォメーション。あちこち値踏みするのも楽しい。露店ではなく住居の中に店を構えているところでは他国へのツアー等も安く扱っている。
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Phuket Patong GYM。今回も1ヶ月1500Bのところをタイ人価格の900Bで入会。覚えてくれていて、オーナー?とサウナで話したら茨城の大洗に姉が嫁いでいるとか・・・乾期に比べて外人は1/5程度。代わりに地元タイ人が増えていた。得にスタイルの良いヤングレディーがプロポーション維持に励んでいる。華やか・・・
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ジム・トンプソンのアウトレット。タウンから車で10分のところにある。傷物ではなく1年前のデザインでお値打ち。
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ビーチ横の球技場で開かれていた7人制のサッカー?少し狭いからローカルルールで7人か?しかし1ヶ月間に渡って実況付きで大会が開かれていて街中にスピーカーの声が響き渡っていた。
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移動ATM機。
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パトンにある寺院。
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ROOM FOR RENTも多く安い。
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スコールの前兆。乾期は東の山から雲が湧いていたのに雨期はアンダマン海から雨が来る。沖合に黒い雲が湧いて雨が降っている様子がわかる。程なくビーチあたりに風に乗って小粒の雨しぶきがあたりだすと一気に降り出す。風が収まりると雨も上がり太陽が顔をのぞかせる。
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夜のバングラ通り。両サイドのBARは閑散としている。きれいに化粧をしたレディーボーイが写真を撮ろうと来るが、有料。出歩いていてトイレに行きたくなったら2ヶ所あるオーシャンデパートにトイレがある。
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魚介類の量り売りでのレストラン。果物も豊富に出まっわっている。
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時々花火が打ち上げる。
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先生に教わった市場の果物やでタイ語の実践。マンゴー8ヶとパイナップル3袋が175B。やす〜〜ぅ!。
ちなみにバナナ2房(20本位)25B。
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9/28スワンナプール新空港が開港。朝から特別番組が放映されていた。日本は建設費の60%を援助したそうだが今までのように日本語の標記がなさそう・・・
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閉鎖される旧空港の最終便の模様も。
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夕陽を見にビーチへ行った際、急の雨で立ち上がった際軽いギックリ腰になりうずくまっていたところ近くのマッサージ店の人に店で雨宿りをするよう勧められた。痛そうにしているのを見て3人で軽いマッサージを2時間してくれた。歩けないでいるとホテルまでバイクで送ってくれた。お金はと言えば「マイペンライマイペンライ」と受け取らない。2日後痛いながらも歩けるようになったので果物を持っていった。まだ少し痛いと言うと薬局へ連れて行かれ痛み止めを買ってくれた。それから店の皆と友達になり、指さしタイ語の本を使い毎日店先でタイ語を教えてくれました。タイ人は皆やさしい・・・です。日本土産を携えて途中で合流した里美も同じようにタイ語の勉強を教えてもらいました。そしてタイご・日本語の本を頂いたり最後の日にはスカーフまでプレゼントされ感激です。「プアン サニッ コン イープン」 (日本の親友) と言ってくれました。
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