| 曲名 |
指揮 ・ 演 奏 |
備 考 |
| クラシック |
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| ショスターコヴィチ交響曲第5番 |
ベルナルト・ハイテインク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
独特の提示部をもつソナタ形式で始まり、バイオリンの独奏で流麗な第2主題が現れる |
| ショスターコヴィチ交響曲第9番 |
ベルナルト・ハイテインク指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 |
第二次大戦終結時の1945年8月に作曲され、第2楽章は極めて繊細な筆致の楽章 |
| マーラー交響曲第1番≪巨人≫ |
サー・ゲオルク・ショルテイ指揮 シカゴ交響曲楽団 |
このオーケストラのブラスは世界一。そのパワーは他の追随を許さない。第四楽章の立ち上がりなどは戦慄を覚える。 |
| マーラー交響曲第2番≪復活≫ |
ズービン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 |
第1楽章では拡大されたソナタ形式による長大な楽章が厳かな表現で攻撃的な低弦の動機で始まる |
| マーラー交響曲第5番 |
エリアフ・インバル指揮 フランクフルト放送交響楽団 |
この第5交響曲でマーラーの新しい交響曲様式が始まった |
| スメタナ交響詩≪わが祖国≫ |
エリア・クーベリック指揮 ボストン交響楽団 |
チェコスロバキアで国民主義音楽の祖と仰がれていたスメタナが祖国を賛美するために作った曲 |
| チャイコフスキー交響曲第4番 |
小澤征爾指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ |
重くのしかかる主題を克服しようと苦しむ人生を描いたかのような、激情的な展開を見せている |
| チャイコフスキー交響曲第6番≪悲愴≫ |
レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック |
表現にことさらに声高になることなく、なめらかに豊かにうねるその演奏と、バーンスタインならではの浄化された表現が素晴らしい |
| チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 |
チョン・キョンファ デユトワ指揮モントリオール響 |
体当たり的な情熱が聴きもので、その小気味よさは抜群だが、決して粗暴に流れず、リズム感も最高。 |
| リムスキー・コルサコフ スペイン奇想曲 |
同 上 |
本来はヴァイオリンのための技巧的な曲を構想していたスケッチを、オーケストラ曲へと発展させ、輝く明かりの管弦楽曲としている |
| ベートーベン交響曲第3番≪英雄≫ |
レナード・バーンスタイン指揮 ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
力強く、たくましく、しかも構成的であり、音楽的にも内容的にも寸分の隙もみせていない、ベートーベンの作曲人生の第2期に入ったことを立証する曲 |
| ベートーベン交響曲第5番≪運命≫ |
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 |
今更何も言うことはない曲。どのように聴くかは聴く人の感性と主観によって楽しめばいいのでは。 |
| ベートーベン交響曲第6番≪田園≫ |
同 上 |
ベートーベンが人間存在と自然との間の客観的に可能な、そして調和の理念を切に願っていたのが伺える |
| ベートーベン交響曲第9番≪合唱≫ |
コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団と合唱団 |
この曲はベートベンの人類への偉大な遺産であり、全人類が強調して実現すべき平和を理想主義的に歌い上げている |
| ベートーベン序曲集序曲「コリオラン」他 |
コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団 |
デイヴィスの指揮するこの序曲集は各曲の性格をしっかりと掴み、ぐっと腰を割り、骨太で分厚い、堂々たる表現を行っている |
| ベートーベン ピアノ・ソナタ第8、14、23番 |
タニエル・ボレンボイム |
演奏のどこにも慎重のあまりの堅苦しさはなく、音楽は豊かに解放され、美しい薫りを漂わせている |
| ヘンデル オラトリオ「メサイア」ハイライツ |
ゲオルク・ショルテイ指揮 シカゴ交響楽団 キリ・テ・カナワ(ソプラノ) |
シカゴ交響楽団をフルに使うと107名の巨大なバロックになるところを、ショルテイは楽員を40名編成にし、合唱団も100名としてバランスを計った |
| ドボルザーク 交響曲第9番≪新世界≫ |
ゲオルク・ショルテイ指揮 シカゴ交響楽団 |
ショルテイが手兵のシカゴ交響楽団を率いての「新世界」はあまりにも力強く、むしろ現代のアメリカ合衆国を彷彿とさせるものがある |
| ガーシュウイン ラプソデイ・イン・ブルー |
シャルル・デユトワ指揮 モントリオール交響楽団 |
この曲はジャズのイデイオムを用いて聴き手の心をときめかせる、最初のアメリカ人の手によるクラシックの作品となったもの |
| ショパン ピアノ協奏曲第1番 |
外山雄三指揮 NHK交響楽団 スタニラフ・ブーニン(ピアノ) |
微光に包まれたに虹色のニュアンスが溢れでるところ、音楽を聴く歓びここに極まれる感が深い第1楽章 |
| R・シュトラウス 交響詩 「英雄の生涯」 |
ズービン・メータ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック |
R.シュトラウスはベートーベンを、更にその延長線上にナポレオンを意識して作曲されたといわれている |
| R.シュトラウス 交響詩 「ツアラトウストラはかく語りき」 |
同 上 |
映画 「2001年宇宙の旅」 の導入部で演奏されるこの曲は現代においてあまりにも有名になった。メータは音楽の内面を綿密に深く掘り下げている |
| イゴール・ストラヴィンスキー バレエ音楽
「春の祭典」 |
同 上 |
1913年、初演奏の際、その原始的で強烈なリズムのため満場割れんばかりのブーイング。芸術が世に認められるのは月日を要するときがある |
| ムソルグスキー 組曲 「展覧会の絵」 |
同 上 |
アルバム中最後の 「キエフの大門」 は壮麗なもので、古代ロシア風の巨大な門を聴く者の眼前に浮かび上がらせる |
| ロドリーゴ アランフェス協奏曲 |
ミゲル・ゴメス・マルテイネス指揮 イギリス室内管弦楽団 |
盲目の作曲家によるギター協奏曲。 表情豊かである反面、音量に乏しいという難点を持つギターを管弦楽と如何に対置させるかがポイントであった |
| プッチーニ 歌劇 「蝶々夫人」ハイライツ |
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ウイーン・フィルハーモニー・管弦楽団 |
第2幕の 「ある晴れた日に」 はあまりにも有名な場面。ここでミレラ・フレーニは万人の胸に響く絶唱を演じる |
| 3大テノール世紀の競演 |
ズービン・メータ指揮 ローマ国立歌劇場管弦楽団 |
パヴァロッテイ、ドミンゴ、カレーラスが1990年7月7日ローマのカラカラ浴場で相まみえた競演は、歌もさることながら、いやはや個性の大競演。 |
| ジャズ・その他 |
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| HARRY JAMES IN HI−FI |
ハリー・ジェイムス指揮 ハリー・ジェイムス・オーケストラ |
録音は1955年と古いがハリーの全盛期の演奏だけあって「トランペット・ブルース」など我々熟年層の血を沸き立たせること請け合い |
| ベニー・グッドマン物語 |
ベニー・グッドマン指揮 ベニー・グッドマン楽団 |
小生が18歳のときに同名の映画を見て、ぞっこん惚れた最初のスイング・ジャズ。中でも「シング・シング・シング」はまさに圧巻。ここでもハリーのトランペット・ソロの素晴らしいこと。若き日の感動を今でも思い出させるに十分 |
| ロン・カーター 「THE BASS AND I」 |
ロン・カーター他 |
ロン・カーターの最新録音。 メンバーの一人一人が水を得た魚のように溌剌とした演奏でインタープレイしている |
| キース・ジャレット 「ケルン・コンサート」 |
キース・ジャレット(ピアノ・ソロ) |
静寂の湖に一滴の雫が落ちるように透明感そのもの。これを聴くときはエアコンも時計の針も止めたくなる。 |
| サム・テイラー ベスト・ワン 「夕日に赤い帆」他 |
サム・テイラー(テナー・サックス ソロ) |
時にリリカルに、時に官能的に流れるその音色は、気軽な夜のバック・グラウンド・ミュージックとしては好適 |
| ケニー・ドリュー 「クレオパトラ」 |
ケニー・ドリュー・トリオ |
このアルバムではアルヴィン・クイーンのドラム・ソロがオーデイエンスすべての耳目をさらってしまうほどの強烈な存在感をアピールしている |
| ボニー・タイラー 「ヒーロー」ほか |
ボニー・タイラー |
彼女の「ヒーロー」を聴いているとエネルギーがどんどん聴き手に移ってくるような気がするから不思議だ |
| 鬼太鼓座 「島歌幻想曲」 ほか |
鬼太鼓座 |
永い間、時代を超えて伝承芸能として愛されてきた、日本各地の様々な太鼓音楽を斬新な感覚で、新しい方向性を持った音楽にまとめ上げた |
| 鮫島有美子 「日本のうた」 |
鮫島有美子(ソプラノ) |
「ちいさい秋みつけた」「雪の降る町を」など、まさに日本人の心を打つスタンダード・ナンバーの数々は、やはり我々に安らぎを与えてくれる |
| 高橋真梨子 「ジョニーヘの伝言」など |
高橋真梨子 |
「蜃気楼」「五番街のマリーへ」「アフロデイーテ」など、クリスタルなヴォーカルは聴く者をして思わず手を休めさせる |
| 石川さゆり 「天城越え」など |
石川さゆり |
「天城越え」「漁火挽歌」「津軽海峡・冬景色」などなど、いいですねえ。モーツアルトのあとにこれを聴くときのカルチャー・ギャップ。これがたまらない |
| 渥美二郎 「夢追い酒」など |
渥美二郎 |
「矢切の渡し」「恋吹雪」「秋冬」など、この天才的な演歌歌手の持ち味を余すところ無く歌い上げている |