| 行程: 栗沢峠(10:36)〜305.9m三角点(11:18)〜三峰山・東峰(12:12−12:29)〜三峰山・本峰(12:36)〜481mピーク(13:08)〜廃林道(13:53)〜県道177号線(14:02)〜栗沢峠(15:28) 小生はピークハンターではないが故に、山名や標石があろうとなかろうと関係なく、登るか否かは興味次第。遠くから眺めて初めて興味を抱くこともあるし、地形図の等高線や尾根の流れの美しさに惹かれることもある。異性に対する関心と同じで、前者は一目惚れ、後者は雑誌などで女性のプロフィールを見たりラジオで話声を聞いて「ふーん。」と思うのに似ている。粟野の三峰山は2005年にハナント山東峰からその姿を見ていつかは訪問してみたいと思っていた。
 |
ハナント山東峰から見た三峰山 Feb 20,2005 11:22 三つのピークが見えるが左端のピークは三峰山ではなく北側にある450m級のピークである。
右端が470m級の南峰で真ん中が標高約500mの本峰(西峰)。三角点のある東峰(485.2m)は本峰の反対側にあって見えない。
|
前日降雨していたので本日は天気は良くても山は湿っているだろう。寝坊して明るくなってから行動開始。どこに行くか決めていなかったが、とりあえず粟野の三峰山のある尾根を縦走しようと思い地形図を印刷して予備知識ゼロで自宅を出た。ところが、せっかく印刷した地形図を置いてきてしまった。国道293号線から田野町で例幣使街道に抜けて山を物色しながら山沿いを適当に南下。朝見た地形図にあった思い川東急ゴルフ倶楽部の看板に案内されて栗沢峠まで迷わず行けた。
栗沢峠には何の標示も無い。交通量が多いので行ったり来たりしてできるだけ峠に近い場所に車を停めた。停車地からヒノキの植林地に取り付き、以後一貫して双園ゴルフクラブの境界となるヒノキ植林の尾根を辿る。適度に間伐されているので緑の砂漠状態ではなくサカキやカシといった暖地性常緑樹が多い。眺望を求めて主尾根から少し外れた高みに道草してみると最高点の先に四等三角点(305.9m)があった。残念ながら眺望は得られない。
 |
 |
| コナラの黄葉 11:46 |
三峰山東峰 12:02 |
350mの肩に上がってからは起伏の少ない尾根を順調に辿れる。標高400m付近では広葉樹の尾根となりポカポカしてとても気持ち良い。藪はほとんど無いといって良い。馬酔木が多く見られる。
この辺りで空が急速に曇り始めた。朝の晴天は何処へやら。どこか一箇所で積乱雲が発生するのではなく、広範囲に一気に曇ってしまうのが不思議だ。ゴロッという音も2度聞こえた。今日は雨は降らないと確信していたので合羽を持っていない。雨に降られたら帰りの道路歩きが格好悪いなと心配したが、幸い雨は降らなかった。
三峰山・東峰は予想したほど危険な場所は無い。キラキラの鳥避けテープが付いた場所から山頂に上がった。三等三角点と祠がある。
 |
 |
| 東峰の祠 12:29 |
東峰からの眺め 12:31 |
本日は無風だが北に向かう雲の流れが速い。天候が悪化したら三峰山から登山路を辿って下山するつもりだったが、山頂で昼食休憩しているうちに南側から青空が徐々に広がり天候回復。北西の481mピークまで足を伸ばしてみることにした。
東峰山頂からの東と南の眺望はまずまず。西側本峰に向かう途上で北側の481mピーク、遠くには鳴蟲山も確認できる。
三峰山は人気があって手軽に登れる山であるとばかり思っていたが、整備された登山道も案内もない。踏み跡は不明瞭で、訪れる人は少ないようだ(帰宅後に地形図を確認したところ、南から上がってくる破線路は自分が辿ってきた尾根上に出ることになっている。南北の破線路に相当する踏み跡には気づかなかった。)。
 |
三峰山本峰 12:36 西側にある最高点が本峰なのであろう。ここにも祠が祀られている。
毎年登拝した記念の木札が隣の木に置かれている。地元の信仰が厚いのかと思ったら、そうでもないらしい。奉納者名は全て同じなので、ここは私有地で所有者が代々祀っている神様なのかもしれない。
|
南峰も含めて三峰というのであろうから、当然南峰にも行くつもりであった。しかし、急斜面を登って本峰に上がってしまうと一段低い南峰に行って戻ってくるのが億劫だ。南峰をパスして先を目指す(帰宅後に先達の記録を確認したところ、南峰にも祠があるとのこと。)。
本峰北側の下りは少々緊張する。481mピークに向かう尾根の最低鞍部付近は南西側が若い植林地であり、稜線部が藪になっている。たいして特徴の無い尾根を順調に進み広葉樹に被われた481mピークに到達。地形図を持たないので尾根のどちらに下るのが有利なのか判らない。北側の南摩川の谷中に道路が見えたので、適当に枝尾根を辿って南摩川側に下ることに決めた。
 |
450mピークからの眺め 13:18 (左がかまど倉、中央が二股山、右奥が古賀志山)。
|
450mピークから主尾根と別れて進路を北にとった。次の450mピークの北側は崖のようになっていて下れない。少し巻いていこうと思い北北西に下ってみると一頭のカモシカが崖のような斜面を走り去った。獣道がついていて高速で移動可能らしい。この獣道を使えば北尾根に乗れたかもしれない。時間的に冒険したくないので一旦安全な場所まで下って北尾根に登り返す案を選択。ところが沢源頭部は傾斜がきつくて滑りやすく危険。登り返すのをやめてヒノキ植林地内の沢沿いに下ることにした。
この山は基本的に激しい褶曲を受けた粘板岩でできているようで、岩が垂直方向にひび割れている。岩質は脆く浸食を受けやすいようだ。道のない植林地奥部に石を積んだ土留めが何箇所かある。奥深い山ではないのに出水で荒れが激しい。支沢を抜けた場所に廃林道があり、その横にコンクリート製の構造物を見つけた。山仕事の道具保管場所にしては狭いし、神様を祀るにしては無粋。これと似たものが那須・大川林道のケヤキ植林地にもあるのだが、目的はなんだったのだろうか。
出水があったようで、林道は部分的に消失し、沢底には流れてきた間伐屑がたくさん引っ掛かっている。鹿沼方面の山は地質的に保水力が乏しく、大雨が降ると荒れが激しいようだ。
 |
 |
| 植林地内の構造物 13:53 |
沢の伏流域 13:58 |
梶又で県道177号線(上久我 都賀 栃木線)に抜けた(2004年に烏ヶ森の住人さんが抜けた場所と同じらしい。)。16年前にこの道路を通って石裂地区まで往復したことがあった。麻の畑が多かったという記憶がある。この山奥で人々がどうやって生計を立てていられるのか不思議だった。南摩ダム建設のため住民が移転して久しい。住居跡や畑は荒れ地と化し、昔見た山間の生活の光景は消えていた。
大谷川から導水する大芦ダムを作る作らないで大騒ぎして、南摩ダムだけ作ることに落ち着いたのが2003年。とっくにダムが完成しているのかと思ったら、まだ立木の整理すら本格化していない。それどころか、住む人のいない水没予定地で何箇所も道路の拡幅工事をしているではないか。ダムを作らない西大芦川流域の立ち木の整理の方が進んでいるように思えるけど。この県の行政はどうなってんだ?
|