帝釈山〜田代山(2005年8月)
年月日: 2005.08.16,17
目的: 林道を歩いて栃木県側から帝釈山・田代山を周回
出発点: 川俣・檜枝岐林道ゲート前(標高約1,040m)
到達最高地点: 帝釈山(標高2,059.6m)
到達最遠地点: 同上
天気: 曇り 曇り
出発時刻: 初日 15:10 二日目 04:50
到着時刻: 初日 18:20 二日目 12:53
総所要時間: 3時間10分 8時間03分
遭遇した動物: 無し 無し
馬坂沢第二砂防堰堤プール  初日 15:28

8月の川俣檜枝岐林道で見所はここだけ。野付半島の白骨樹林を見ている様。10月になれば渓谷の紅葉が美しいのではないだろうか。

馬坂沢左岸に移り高度が上がると馬坂沢の全体が見渡せるようになる。

帝釈山山頂  二日目 06:01

馬坂峠から整備された登山道を歩いて約45分(疲れていない健脚ならば30分)。あまりに簡単に登れてしまい、奥深い場所に来たという感慨は無い。

アオモリトドマツが生える北東側を除いて見晴らしが良い(良さそう。)。山頂到着時はまだガスの中。あと30分待てばすべて見えたと思われるが、後日の機会に期待して先を急いだ。

田代山湿原  二日目 07:31

幸運にも湿原に人影無し。

写真は弘法大師堂側から北東を向いて撮ったもの。手前の山が大嵐山、その奥が七ヶ岳。

あまりきれいには撮れていないが、湿原にはキンコウカが満開。

高原山と明神ヶ岳  二日目 07:54

田代山湿原の北東端から見た高原山(中央奥)と明神ヶ岳(右)。

帝釈山と田代山は今では林道が整備されて福島県側から簡単に登れる山であるのだが、栃木県側から登ることにこだわっていたために登る機会を逃していた。せっかくの夏季休暇であるが天候が安定しない。週間予報によると水曜(17日)から晴れ間が覗き雷の心配も無さそうとのこと。晴天にこだわっていると秋になって湿原に花が無くなってしまいそうなので、思い切って出かけることにした。

帝釈山南西の県境・馬坂峠を川俣・檜枝岐林道が抜けており、林道の福島県側と栃木県側の約800mが帝釈山保安林管理道として整備され、福島県・檜枝岐村から車で峠に上がれば帝釈山には簡単に登れる。田代山は東側の県境を跨ぐ県道・栗山舘岩線を福島県・舘岩村から登り、猿倉登山口から1時間半程度で登れる。帝釈山と田代山は近いのでどちらからでも往復可能。しかし、栃木県側から登り且つ周回するとなると、長い林道歩きが要求され、塩那林道歩きと大差ない。距離的にはギリギリ一日で周回可能と思われるが、暑い時期は無理。しかも、人の少ない早朝に縦走するためには山中一泊が必要。よって、一日目は川俣・檜枝岐林道を歩いて馬坂峠で一泊、二日目は帝釈山と田代山を縦走し、田代山から県境尾根の破線を歩いて県道・栗山舘岩線に抜け、県道・栗山舘岩線のゲートから馬坂林道をMTBで下って帰着する計画とした。

1日目は午前中は自宅で翌日の天気予報を確認。晴れマークが消えて曇りの予報に変わってしまった。しかし、さくら市上空は晴天である。福島県会津地方の天気予報も確認し、山歩き可と判断して出発。土呂部から県道249号を進む間、道路横や林の中に朱が鮮やかなフシグロセンノウがたくさん咲いているのを見た。県道・栗山舘岩線は工事中で通行止めなので、馬坂林道を少し下った場所にMTBを置いて馬坂沢に向かった。川俣・檜枝岐林道起点の道標前に車を停めたとたんアブが何匹も車にバシバシぶつかってきたので、準備は車の中で済ました。

15時10分 川俣・檜枝岐林道ゲート前から歩行開始(標高約1,040m)。   4.2km先で崖崩壊のため通行不能との標示があるが、ゲートは開いている。道路は荒れていない。ダートなので足裏に肉刺ができる心配も無く順調な出足。斜面にはクサボタンやシャジンの仲間が咲いていていた。最初に渡った支流の橋下にランニングシャツ姿の釣り人発見。こんなアブだらけの場所でなんであんな格好ができるのか不思議だ。

15時28分 馬坂沢第二砂防堰堤到着。   馬坂沢も無砂谷同様に無人の谷だが、川俣湖への土砂流入を防ぐために幾つか砂防堰堤が建設されている。馬坂沢第二堰堤は大きな二段堰堤で広いプールを持つ。立ち木を伐採しないまま竣工したため、幻想的な雰囲気を醸し出している。上流側にもう一つ堰堤があり、そのおかげで土砂に埋もれず長期間プールを維持できているようだ。大物が潜んでいる可能性有り。

16時05分 がけ崩壊箇所(標高約1,170m)到着。   まだまだ進行しそうな崖崩れ箇所であるが、ガレ場を越えていく踏み跡有り。オフロードバイクならば通れそう。しばらくしてオフロードバイクのエンジン音が響き、礼儀正しい3名のオフローダーが下っていった。20年以上前にオフロードを走っていたころを思い出した。

平坦地を抜け、昔の作業小屋を過ぎると馬坂沢本流に架かる橋(名前は忘れた。)が近い。この辺りまでは大規模ではないがカラマツの植林地帯がある。笹はクマイザサが主体である。

16時37分 橋を渡り馬坂沢左岸へ移る。   勾配が急になり折れ曲がりながら高度を上げていく。急斜面の藪なので、時折雨がパラつく蒸した状態ではショートカットする気になれず、忠実に林道を辿る。決して天気が良いわけではないが、帝釈山上空に青空が覗き、谷も日差しがあって明るいので気力を維持できる。

アブの攻撃がすさまじく休憩できないため疲労が激しい。でかいアブはあまりしつこくないが、メジロアブはいつのまにか手の平や首筋にとまり瞬時に刺すため性質が悪い。薄手の長袖シャツの上からも刺さされる。サル沢で顔を洗い、汗拭きタオルを洗ってリフレッシュ。路肩にある朽ちかけた営林署の小屋がある辺りまでくると、高度があるので馬坂沢がよく見渡せる。

ジャーコン沢で頭を冷やした頃にはかなり疲労がたまっていた。既に17時半を過ぎている。ランプを持ってこなかったので、テント設営の手間を考えると歩行できるのは18時頃までだろう。本日中に馬坂峠に到達できないのは確実になった。よって、この後は残存体力、残り時間を考慮して幕営適地を探しながら歩く。標高1,600mのカーブ手前の道路脇にあるやや広い草地は、近くに高い木が無いので落雷する心配が無く、且つ風も当たらない。既に18時を過ぎているのでここで幕営しようかと迷ったが、今ひとつ周囲が見渡せないのが気に入らない。さらにがんばって、帝釈山保安林管理道のゲート手前を幕営地とした。

18時20分 時間切れ・一日目歩行終了(標高約1,695m)。   山肌の膨らんだ場所で路肩側が広場になっており、草は生えていないものの土壌が深いのでテント設営向き。周囲の様子がよく見え、路肩には潅木が生えているので吹きっさらしでもない。法面から落ちた大きな岩石が幾つか転がっているが、場所を選べば安全。テントを設営し、汗グショグショの衣服を全て着替えて、やっと休憩。

ランプが無いものの、西の空に月が残っているらしく雲が照らされてテントの中が明るいので助かる。疲れてはいるが、まだ体の火照りが消えず眠れない。ラジオも忘れたので暇。無風で適温。谷底から響いてくる沢音が心地良い。虫の音が全く聞こえず、時折、夜行性の鳥の鳴き声と上空を通過する飛行機の音が聞こえるだけ。

12時過ぎに時折ピカッと空が光るようになるが、雷鳴は聞こえない。2時半ころには雨が降り出した。外を見るとガスがかかっていた。大降りすることはなく、しばらくすると霧雨状態になった。心配しても仕方ないので、木々の葉からボタボタと落ちる雫の音を聞きながら心穏やかにすることに務める。4時20分頃に小鳥のさえずりとともに起床。雨は降っていないので予定決行。

04時50分 二日目歩行開始。   高度1,700mでも冷え込み無し。朝の気温は23℃くらいあったのではないだろうか。まだ雨がぱらついていたので雨着を着たが、暑くて発汗する。どのみちグショグショになるなら雨着など着る意味がないので、すぐに脱いでしまった。馬坂峠手前の小さな沢で水を補給。

05時10分 馬坂峠到着(標高約1,785m)。   広い駐車場に車は無かった。簡単に登れる山だから明け方に誰もいないのは当然か。ガスがたちこめてまだ薄暗いが、登山道が整備されているので不安は無い。アオモリトドマツ・コメツガ樹林の林床は奇妙な形のオサバグサの葉が覆いつくしている。他所で見た記憶が無い。少なくとも意識して見たのはこれが初めてである。

こんなに整備され尽くした登山道を歩くのも初めて。ぬかるんでいる場所には木道が這わしてあり、滑りやすい斜面には木製の階段が設置されている。ご丁寧に滑り止めの出っ張り付き。歩幅は人によって違うのだから階段は余計ではないか?登山者が多いので道が抉られるのを防止する効果はあるだろう。

前日の疲れと寝不足で途中からペースがガクッと落ちた。雨は止んだが無風且つ湿度100%で滝のように発汗する。体内に熱がこもって頭が痛くなってきた。熱中症の一歩手前である。幸い早朝でアブが少ないので、何度か立ち止まり帽子で顔を扇いで熱を冷ます。バッファリン一錠を噛み砕き水分補給。

山頂までずっと鬱蒼とした樹林帯の中を行くので途中の眺望無し。2004年7月24日にここで落雷で登山者一名が亡くなられた。樹林の中で人を直撃するとは考えられないので、樹木から人に電荷が流れる側撃雷のパターンだったのか?運が悪いとしか言いようが無い。この日、たまたま東京電力の落雷情報をインターネットで見ていて、すさまじい数の落雷が帝釈山地に集中していたのを記憶している。逃げ場は無いに等しかったろう。

05時55分 帝釈山山頂(2,059.6m)到着。   展望の良い場所であると聞くが、あいにくガスで周囲は見えなかった。花はホツツジのみ。15分ほど滞在して田代山に向かおうとしたとき、南側のガスが消えて川俣湖方面の上空にきれいな青空が出現。しばし待ったがすんなり晴れ上がることはなく、青空は再び消え、標高1,600m以上の山並みがぼんやり浮かび上がるだけだった。

06時25分 帝釈山山頂出発。   帝釈山北東への下りは岩がゴツゴツし、整備された登り道と対照的。帝釈山地は中生代に生成した地層が隆起してできたとのこと。確かにこの山の登山道に露出している岩は全て砂岩で、火山性の岩は無い。途中に『帝釈・引馬・尾瀬』と書かれた古い道標がある。かつて縦走路を切り開いた時のものであろう。

山を下って勾配が緩くなると道がぬかるむ。ぬかるみの中に細い木の幹が適当に敷かれているので、これをうまく使うことで泥に足を突っ込む回数を減らせる。道の両側から雨に濡れたチシマザサが張り出している場所があるので、衣服はグショグショ。田代山の登りの途中で、帝釈山に向かう最初の登山客(男性の単独行者)と遭う。弘法大師堂の手前で、スゲ傘をかぶった手ぶらの2名の中高年者と遭う。

07時26分 田代山・弘法大師堂(標高1,971m到着)。   湿原南西の樹林帯にあり、弘法大師堂からは湿原が望めない。中を覗くと神様らしきものが祀られている。ザックが2つあったので、先ほど遭った2名は昨晩はここに一泊し、今日は帝釈山を往復するらしい。湿原へ出るまでの短い区間でさらに3名と遭う。やはり人気の山だけのことはある。しかし、予想に反して湿原には人影が無かった。田代山湿原のみを目的にする登山者はまだ登ってきていない。グッドタイミング。

湿原には見たことのない花が満開(帰宅後に調べてキンコウカであることを知る。)。カメラのバッテリー残量のアラームが出てしまったので、この後の写真は時間をかけずに適当に撮る。湿原の木道は湿原中央を貫く本線と湿原の縁を周る一方通行の帰り道があるので、南回りの道を歩く。湿原の周囲からネズコの低木群が勢力を拡大していて、湿原全体が南西と北東にほぼ2分されている。北東端まで行ってから本線を歩いて田代山山頂の文字がある道標まで往復。三角点は雨露に濡れた藪中にあるので行くのを止めた。

田代山湿原は尾瀬の高層湿原とは形成の過程が異なる。以前は田代山の空中撮影写真や地形図を見て火山であると思い込んでいた。しかし帝釈山地の地質を調べると火山ではあり得ない。広く平坦な丘陵が削られて、たまたま火山のような形になったらしいのだが、このような地形が自然に形成されることが不思議でならなかった。実際に行って地形を目にして納得。湿原は北東方向に一様に緩やかに傾斜していて、尾瀬の様に堰き止め湖に泥炭が蓄積して形成された平坦な湿原ではない。単に水捌けが悪くて湿原になったように見える。ボーリングしたらすぐに岩石層にぶつかるのではないだろうか。

猿倉登山口から田代山湿原に到着すると木道本線と一方通行の木道に分かれる。逆路となるが、一方通行の木道を進み、木道が右に直角に折れ曲がるところでまっすぐ進むと県境尾根沿いの破線路に入る。かつては主要な登山道であったはずで、湿原部は表土が剥き出しで植生が回復していない。すぐにオクラ沢を見下ろす縁に達し、まだニッコウキスゲが咲いている斜面を横切って消え入りそうな踏み跡が県境尾根に向かって続く。楽に辿れそうに思えたが、潅木が生長して歩きにくい。県境尾根への下りは笹薮が濃く、道跡は判別できなかった。アブだらけの濡れた薮を歩きたくなかったので、県境尾根コースは断念して、猿倉登山口へ下りることにした。小田代がはるか下方に見える。猿倉登山口はさらにその下。再び県道・栗山舘岩線を登り返すことを考えるとちょっと気が重い。

08時15分 田代山下山開始。   帝釈山登山道のようには整備されておらず、一般的な登山道である。猿倉口の最後の水場となる沢で顔を洗い、飲み水を補給。

09時09分 猿倉登山口へ下山(標高1,420m)。   登山口に太陽電池で作動する入山者計数器が設置されているので、ここでウロチョロするとものすごい入山者数になってしまう。駐車場には車が8台停まっていた。登る準備をしている人もいる。通行止めの県道・栗山舘岩線に進入。道は6回も折れ曲がりながら県境(標高約1,585m)に登る。福島県側はヒヨドリバナが花期でタテハやアゲハが蜜を吸っていた。県境から栃木県側は法面の補強工事中。本当は通行は認めていないようだが、ここを通らないと車に帰れない旨を説明して通してもらった。なかなかお目にかかれない法面の補強工事の様子を観察。県境尾根から馬坂沢側に抜けるまでの3km超の区間は急斜面なので、三河沢を見渡せて眺めが宜しい。何箇所かできれいな水が流れており、飲み水にも困らない。

旧登山道である破線路が県道・栗山舘岩線と合流する場所では、大型ショベルカーがダンプカーに土砂を積み込み中。旧登山道を復活させて駐車場を作る計画でもあるんだろうか。次々にダンプカーが入れ替わるので、通行できない。ここで30分以上足止めをくらう。待っていられないので道路下の藪を横切ってパス。破線路を首尾よく辿れたとして、下りてきたらびっくりしたことだろう。

田代山から続く尾根伝いの破線はどの方向に下っていたのであろうか。県道・栗山舘岩線と合流して南下した後、1,471mピークの南側で湯西川に向けて下る破線がある。おそらくはこれが田代山へ向かう旧道なのであろう。田代山林道が建設される前は湯西川から田代山に登る人がいたことになる。これは本当に登山道なのだろうか?Webで調べたところ、興味深い資料を見つけた。大正時代には、湯西川の男性は冬期に田代山(舘岩村側)へ木杓子作りの出稼ぎに行っており、県境峠越えをしていた。すなわち、舘岩と湯西川の間にも交易があったということになる。大正6年に三河沢を見下ろす急斜面で雪崩が発生し、7名の出稼ぎ者が亡くなるという悲しい事故が起きたという。確かに三河沢源頭部の傾斜は急で、今も雪崩防止のための植林が行われている。出稼ぎ者が辿った雪道が地図上の破線と同じであるのかどうか不明だが、破線は登山道というより交易路としての性格が強かったのではないだろうか。大正6年の事故に関しては下記URLを参照されたし。

http://yunisigawa.hp.infoseek.co.jp/ymhisa06.htm

尾根を跨いで馬坂沢側の斜面に沿う区間に入ると陰気くさくなる。ダンプカーが通るのでベチョベチョ。木陰が多くアブがまとわりつく。ただし、この日の栗山村はあまり気温が上がらず、適度に曇って涼しい風も吹くので歩きやすかった。馬坂沢第二堰堤が見下ろせるので、大体の位置が把握できる。足の疲れを感じるが、ツリフネソウ、キツリフネ、シャジン等の花に癒される。レンゲショウマを見ることができたのも収穫だった。正午を過ぎて山々は急速に雲に隠されてしまった。良い時間帯に歩くことができたようだ。

12時31分 県道・栗山舘岩線(田代山林道)起点到着(標高約1,255m)。   ここからはMTB使用。

12時53分 車に帰着・歩行終了。   4月に台倉高山の帰りに暗闇の中を歩いた距離を知りたくて、馬坂林道を走って川俣大橋に抜けた。無砂谷林道起点から川俣大橋まで8.2km。栗山村は広い。馬坂林道は水溜まりが多くてスピードが出せないが、春先にあった落石はきれいに除かれ走行に支障は無かった。