無事生還しているから言えることではあるが・・・・。
維持すべきは計画そのものではない。状況の変化に応じて適宜計画を修正し余裕を維持することが肝要と考える。山歩きの最終目的は計画達成ではなく無事生還することにあるからである。計画は余裕があればあるほど自由度が広がり多少のアクシデントがあっても挽回が可能となる。登山道の有無に関わらず、深山に独りで入り込むからには全てが自己責任で、くれぐれも慎重な行動が要求される。そして慎重な行動と正しい判断は全てに余裕があってこそ可能であると信ずる。天気が悪そうなら絶対に山には入らないし、天候の変化を感じ取ったら逃げ帰る。これが幼少時からの鉄則。山中泊を可能とする装備・食料の携行も怠らない。装備の重さは生命保険と心得る。時間的にぎりぎりのコース設定はしない。万が一天候が崩れても対処できるよう、二日目にできるだけ余裕を持たせておく。残存体力と相談して行けるところまで行って日没になれば山中泊してしまうつもりで精神的・時間的に常に余裕を持たせる。これが鳥海山で遭難しかけた経験から得た教訓の一つである。天候にも依存するが、今回のコースの半分は無雪期に探索して既知の場所なので、山中一泊すれば回れるという目算があった。いつものことながら細かな設定はしない(性格的にできないし、やっても意味がない。)。条件が良かったため結果的に成り行きで日帰りすることとなった。林道歩きを除いても大佐飛山日帰り往復より1時間半増しのハードな行程であったが、尾根歩き自体はいつもの調子で判断に誤りはなかったと思う。ただ、帰りの夜の林道歩きが想定外で非常にきつかった。以下はその顛末記。今年も一度くらいは快適な残雪歩きを堪能したいものだ。是非とも平五郎山経由で引馬峠に行ってみたい。約半世紀前まで檜枝岐村の萱葺き職人達は平五郎山経由で雪尾根を辿り引馬峠を越えて川俣と行き来していた。彼らは山中泊することなく峠越えをしていたのである。ならば、自分も同じ時期に同じコースを辿って先人達の峠越えに思いを馳せてみたい。峠まではたぶん行けるであろう。帰りはどうしようか?萱葺き職人ではないから火打石沢を下って檜枝岐に行くわけにはいかん。どうせ行くなら一泊前提で台倉高山経由で無砂谷の左岸尾根を下ってみたい。左岸尾根も無雪期はチシマザサと倒木に悩まされるはず。歩くならば残雪期だが、馬坂林道はまだ通行不能であろうから、尾根取り付きに行くまでに疲れ果ててしまう。よって、台倉高山から戻ってくる時が無砂谷左岸尾根を歩く絶好の機会である。特に山歩きの目標は設定していないが、栃木県の山に登るときは全て栃木県側からアプローチしようと考えている。その意味でも今回の周回案は都合が良い。
当初は土日ともに天候が安定するという予報だったのだが、最新の予報では関東地方は夕方から曇るとのこと。栃木県北部は曇るとは言っていなかったが、なんとなく怪しい。寝ている間に天候が悪化する可能性があるならば山中泊は止めて逃げ帰った方がまし。もともとテントでは眠れないので、できれば家で布団で寝たい。こんな訳で、出発前から状況次第では日帰りすることも考えていた。早朝見かけた多くの渓流釣り客が気になって、翌日曜日が曇りならば釣りをするのも悪くないという気持ちもあった。
05時45分 楡ノ木沢林道ゲートから歩行開始(標高約1,000m)。 林道は分厚く残った雪が締っている。朝日が差す前なので沈みこみは無く、林道が折れ曲がる場所では適当に近道しながら歩く。
06時26分 林道終点広場(標高約1,220m)到着。 今回は時間節約のために、過去2回使用した南東尾根は辿らない。いきなり林道終点広場から取り付いて北進し、適当に南尾根の上に向けて急登した。南尾根の西側はカラマツの植林地帯で、朝方は雪が引き締まり快調に尾根上に出た。ほとんどの登山者がこの尾根を辿っているらしく、一部雪が消えた場所では踏み跡が認められた。
ブーメラン型尾根直下のチシマザサ帯は全て残雪の下であった。大きな木はダケカンバが数本目立つ程度で南側の眺めがよろしい。振り返ると女峰山〜太郎山の姿が正面に見える。
08時02分 平五郎山山頂(標高約1,700.0m)到達。 3度目の訪問なので雪があっても山頂を識別できる。山部さんの山名板がつけられていたはずのコメツガの枝は先が残雪に埋もれたまま。針金がついているだけで山名板は見当たらない。誰かが持ち去ったのかそれとも外れて雪の下なのかは判らなかった。
この時間帯は陽が当たっていない場所はまだ引き締まっていて快適。しかし、常時コメツガやアオモリトドマツの日陰になっている場所は締りが少なく踏み抜けやすい。特に平五郎山の次のピークの先にあるシャクナゲの生える尾根では無砂谷側の雪庇がスカスカで踏み抜けるので四つん這いで脱出。一番の難所は1781mピーク手前の急登である。南側は岩場と雪庇で危険。少し北側に逸れるとズボズボ腰まで踏み抜けて歩けない。慎重に場所を選んでやっと突破。
09時10分 1781mピーク到達。 ここから少し先に進んだ場所で高薙山〜根名草山が良く見える。その先の一帯は無雪期には栃木県で最も密で深いと思われるチシマザサ藪と倒木の地獄であるが、予想通り残雪が深く笹の存在など全く感じさせない。
09時31分 1816mポイント到達。 2004年9月に引き返した場所まで到達。台倉高山が近くに見える。この先がダケカンバの林になっており、尾根は北に屈曲して広い丘陵状となる。中央付近から太いアオモリトドマツの原生林となり雰囲気がよろしい。広い丘陵だが、地図を見なくても正しく尾根を辿れる。
10時00分 1896mピーク到達。 ここの下りも踏み抜け多し。鞍部へ下る途中で黒岩山と孫兵衛山の南側が見える。前年に黒沢から上り詰めた場所を過ぎてホーロク平へ向かう。
10時40分 ホーロク平通過(標高約1,820m)。 鬱蒼としたアオモリトドマツの原生林の雰囲気が良い。引馬峠に至るルート上で、最も広く平坦な印象。吹雪に遭ったらとんでもない方向に行ってしまうという萱葺き職人の言葉を実感する。明治時代には無人交易小屋が置かれており、峠越えの萱葺き職人達が何日も吹雪きで閉じ込められたことがあるという。
ホーロク平から引馬峠への抜け方が難しい。前回は引馬山の中腹から下る形で峠に達した。今回は若干低い場所で斜面を横断したため、引馬峠南の谷の詰めに出た。峠までの登りはあと30m程度で、下にチシマザサの藪が埋もれていると考えられる詰めの雪面を一気に登れば楽と思われた。しかしこれが甘かった。日当たりが良くて締りがなく、一旦抜けると腰まではまる。両足が抜けてバランスを崩し後ろにコロコロ転がってしまった。四つん這いになって進もうとしたが変な筋肉の使い方で足が痙攣するのでダメ。腐った雪は、2、3足分雪を踏み締めることで強度が増し踏み抜けを軽減できる。一回で30cmしか前進できないが、これ以外の方法が無いので仕方ない。
11時05分 引馬峠到着(標高約1,900m)到達。 引馬峠から引馬山への登りは最初は緩やかで快適。雪の重みで曲がったアオモリトドマツに腰を下ろして少し早い昼食とした。山頂直下は深い積雪の下のアオモリトドマツを踏み抜かないように気をつかった。
11時50分 引馬山山頂到達(標高1,981.7m)。 予想以上に良い眺めに満足。栃木県側の眺めは台倉高山に優る。
ここからは北西に屈曲して緩い下りとなり、北にカーブすると再び無砂谷が良く見えるようになる。ナガフセリ沢に下る緩い斜面は天然のスキー場の雰囲気。県境尾根は福島県側にアオモリトドマツ樹林があり、栃木県側に雪庇が発達しダケカンバがまばらに生える。巨大なアオモリトドマツの存在によって巨大雪庇に大きな凸凹ができる。どこまで行っても同じような光景である。一見歩きやすそうに思えるが雪のハードル越えは確実に体力を奪う。高低差の少ない尾根歩きなのに横っ腹が痛い。
深く積雪したこの季節は、アオモリトドマツとダケカンバの2種類の樹木しか見当たらない。この2種が優勢なのは積雪に強いためであろう。雪の重みで上部が雪の下になり大きく彎曲しているアオモリトドマツをたくさんみかけた。しかし、無雪期に立っているアオモリトドマツは全て真っ直ぐで、根元が曲がっている個体は存在しない。直立するか、倒れるか、折れるかのいずれかである。どうやらこの樹木は強靭な復元力を持っているようである。一方、ダケカンバは高い剛性で深い積雪に対処しているように見える。落葉樹なのに枝に大きな雪の塊を抱え込んだダケカンバの大木を何度も見かけた。この辺りは厳冬期にはスノーモンスターだらけになるのであろう。
時50分 引馬山−台倉高山中間点通過(標高約1,950m)。 中間点ピークからは楽に台倉高山に登れそうに思える。しかし、一旦鞍部まで70mも下らされるのでがっくり。台倉高山の南西斜面は積雪が深い。途中までは雪庇は無く、残雪には棚田のように段差がついている。強い午後の日差しを浴びて傾斜のきつい段では雪が緩んでおり、直進不可能。棚を右に行ったり左にいったりしながら、段の無いところを選んで慎重に登っていった。山頂直下の雪庇は比較的楽に登れるはずなのに、横っ腹が痛くて遅々として進まない。
14時20分 台倉高山山頂到着(標高2,066.7m)。 360°遮る物のない眺望は文句無しに素晴らしい。栃木県側は少し霞みがかかり始めていたが福島県側はどこまでも澄み渡っている。最近誰かが訪れた形跡はなかった。
さて、ここからどうするか。黒沢に降下して日帰りするには雪の緩んだ斜面を南西に戻らなければならないので歩きにくそう。ナガフセリ沢を降下しても無砂谷林道右岸線は歩く距離が長すぎるし、そもそも谷の中は好きではない。馬坂峠に抜ければさらに長い距離を歩かなければならない。やはり当初案通り、無砂谷左岸尾根を下るのが賢明であろう。針葉樹で黒々と見えるので、無砂谷右岸尾根(平五郎山尾根)よりも雪の締りはなく、しかもこの陽気で腐って踏み抜けも多いと思われる。もし2,033mピークまで1時間で到達し、無砂谷左岸尾根も快調に辿れれば、日暮れ前に1,783.4mピークから南尾根を下って無砂谷林道へ下れる可能性が出てくる。しかしあせって谷奥で林道に下降してはならない。無砂谷林道左岸線にはほぼ完全に崩落している区間が存在する(無砂谷はHP「オヤジ達の渓遊び」が参考になります。)。行けるところまで行って、日没までに林道への降下が無理であることが確定すれば安全な場所を選んでテント泊することに決めた。
台倉高山北峰に向けての下りは雪庇の凸凹が激しく、勢い良く溝に落ちる時に踏み抜けないように気をつかわなければならない。無駄に体力を使いたくないので、台倉高山北峰はパスし、次の鞍部へ向けて北峰の南東斜面を横断。一度は腰まではまったが、これで約40mの登り下りに要する体力を節約。その後は緩い起伏が続くだけだが、疲れきっているときは緩く長い登りのほうが急登よりつらい。2,033mピークへの登りがやけに長く感じられる。
15時35分 無砂谷左岸尾根に入る。 2,033mピークをかすめるようにして下りの尾根に入った。この尾根は人の手が入ったことがないアオモリトドマツ主体の原生林に覆われている。雰囲気は右岸尾根よりも良い。時間に余裕があればゆっくりしたい場所である。予想通り残雪はあまり締っていないので踏み抜けが多い。出発点から2,033mピークまで重い荷物を担いでかんじき無しで歩けたのだから満足。ここで初めてかんじきを装着した。歩行スピードが上がり快調に進む。
16時00分 1,949.0mピーク到達。 30分弱で1km以上進んだ。地図を見て残りの道程と時間を比較して、遅くとも17時半までに1,783.4mピークへ達することは可能と判断した。
1,949.0mピークからの下りが少し方向を見定めにくい。沈み込みも大きいが、順調に鞍部へ近づいた。1,810mへは標高差にして約60mの緩い登りだが、この登りがつらかった。登りに30分近く要したのではないだろうか。
16時47分 1,810mピーク到達。 あまり見晴らしは良くない。休まず通過。鞍部から1,783.4mピークへの登りは平五郎山から1,725mピークまでの雰囲気に似ている。雪が消えて山肌が剥き出しになっていた。あまり笹は深くない。
17時29分 1,783.4mピーク到達。 直線距離にして4km歩いても標高がたった250mしか下がらないのだからここまでは尾根を下るという感覚はなかった。あと1時間以内に標高差500mを一気に下降するのである。この時間になっても空は雲一つ無く澄み渡っている。こんなに急いでもったいないことをしたような気もするが、ここまで来たら止められるか!沈みかけんとする太陽を右に意識しながら南へずんずん下る。何度装着しなおしてもかんじきが外れてしまうので壷足に戻したが、意外に歩き難くはない。南面の最初の下りは樹木の少ない急斜面で、尻スキーで一気に下る。
標高約1,680mの細長いピークは倒木と踏み抜ける雪のせいで歩きにくい。当初はここから南東に下ってさらに尾根上を歩き馬坂林道へ抜けるつもりであった。しかし、太陽が平五郎山尾根に隠れて暗くなる前に無砂谷左岸線に出ることとし、南の急斜面を下る。かなり急な斜面だが半分程度は雪があるので足スキーや尻スキー可能。勾配が急過ぎて危険と思われる場所はミヤコザサの生える地表が現れた場所を慎重に下る。あせりは禁物。
左下の谷間に雪の残る林道らしきものが見えたときは正直ほっとした。最後に現れるシャクナゲの藪を抜け、林道の法面を慎重に下った。翌日地図を見て気づいたのであるが、下った場所は南尾根ではなく、そのひとつ西隣の尾根であった。下りやすい方を選んでいるうちに若干右側に逸れたらしい。このおかげで折れ曲がる長い林道歩きを強いられることになった。しかし、南尾根を下っていたらもう少し暗くなるまで尾根下りをしなければならなかったはず。結果的にはこれで良かったといえる。
18時15分 無砂谷林道左岸線に降り立つ(標高約1,290m)。 間に合った。 目論み通り日暮れ前に林道に降り立つことができたので、もう生還した気分になって残雪に跪いて雪で顔を洗う。道無き山歩きは終了。あとは延々と林道歩きが続く。
無砂谷左岸線は路肩消失や崖崩れが多く、廃道化して久しいようである。いつごろまで使われていたのか不明だが、路上に樹木が生えている。この谷に植林以外の何を目的に周回林道なるものを建設したのか。昭和42年竣工だそうだが、下野新聞社の1993年版市町村地図では最奥部は破線となっている。同じ年の国際地学協会の地図・Citying栃木では右岸線しか記載されていない。今ではこの道跡を利用するのは無砂谷を遡行した渓流釣り師や私のような奇人のみ。一般の人が目にする場所ではないために話題にもならなかった林道だが、金を無駄使いし自然破壊をもたらし挙句の果てに放棄するという点では塩那道路みたいなものである。
歩いているうちにどんどん暗くなる。今宵は月明かりが期待できないものの、残雪があるので林道跡を視認可能。とっぷりと暮れる前に反対側の右岸線の様子を見て、直線距離では右岸線との分岐に近いことは判っていた。しかし、4回折れ曲がって高度を稼ぐ場所よりも奥に降り立ってしまったので、長い距離を歩かなければならない。路肩が消失して、足を踏み外したら谷底にまっ逆さまという場所もある。2004年春に無砂谷林道の途中までは車で入れることを確認済みなので、早く現役の区間に抜けたい。
5回目の折れ曲がりで道が立派になったような気がした。これで安心と思ったら、道は谷奥方向に下っていく。広い谷間の林の中でS字を描き、さらに谷奥へ向かう。谷奥に橋が架かっているのがぼんやりと見えた。しまった!いつのまにか右岸線に入ってしまっていたのだ。ここで一瞬気が萎えた。体力を無駄使いしてしまったので無理はしたくない。幸い周囲には笹がたくさんあるようなのでテントの下敷きには困らない。残雪上にテント設営しようとザックを開けたとき、台倉高山からここまで何も口にしていないことに気づいた。空腹感は無いものの何か食べておこうと思ってパンを頬張った瞬間に吐き気に襲われた。猛スピードで一気に山を下ったので胃がおかしくなったらしい。少し弱気になると人里遠く離れた谷奥に居ることがたまらなく気味悪い。道を間違えたまま無砂谷から脱出できないのも腹立たしい。もう完全に闇につつまれてしまったのでヘッドランプを準備して脱出を図る。
これから川俣大橋まで何時間かかるか不明。ヘッドランプの電池が持たないであろうから、10〜20m先を見通すために時々点けるだけにして節約し、ほとんどは灯り無しで暗闇を歩く。前方に獣の気配がしたのでランプを点けて驚いた。顔前には倒れた木の枝があった。獣が危険を教えてくれたか?
ようやく見覚えのある区間に達した。前年春に訪れた時よりも荒れが進んでいる。今年はさすがにどんな車でも進入は無理であろう。無砂谷林道の起点を過ぎて一瞬道を見失った。ヘッドランプで周囲を見て左に曲がっていることを確認。積雪した道は広い無砂谷に沿ってさらに続く。しかし、様子が変だ。広い谷の下流側に無砂谷橋があるようには思えない。前年に車で無砂谷橋を渡って土呂部方面に抜けた際に見た光景に似ている。先ほど折れ曲がった場所に戻ってみてライトで照らすと、確かに見覚えがある。2万5千分の1地図「川俣湖」を所持していなかったので、一度通った経験が無ければ馬坂沢方面に無駄歩きするところだった。
19時50分 馬坂林道に抜ける。 無砂谷林道の出口で道を見失ったように感じたのは、除雪作業をした雪が溜まっていたからであった。何日か前に川俣大橋方面から無砂谷林道起点まで除雪作業をしたらしい。これはラッキー。雪の上を歩かなくて済む。除雪した跡では水溜りが多いが、どうせ安物の登山靴は残雪歩きでびしょ濡れだからジャバジャバ進む。法面補強がされていない林道なので路上にはいたるところ落石が目立つ。除雪作業をした後に一気に雪融けが進んで崩壊したのだろうか。
熟慮せずに周回を決めたもので、馬坂林道歩きがどのくらいの距離になるのか調べていなかった。あまり景色の良くない単調な未舗装林道なので車を走らせた時の記憶が曖昧だ。車で走るのと歩くのでは距離感が全然違う。どこまで歩けば終点が見えるのか?平五郎山から派生する尾根の広がりは予想以上に広く、さらに林道は山肌に沿って出入りが激しい。直線距離の5倍程度歩かされるように感じる。ようやく遠くに川俣大橋の灯りが見えてほっとしたものの、その後もデジャブーのように谷が何度も現れて遠回りさせられてがっくり。
21時57分 川俣大橋到着。 あとひと踏ん張り。重い荷物を林道起点に置いて空身で車を目指す。筋肉の疲れは半端ではない。しかし、これだけ長い距離を歩いたにも関わらず、肉刺も無ければ関節も痛くない。残雪のクッションは足裏や関節に優しいということだ。
22時30分 車に帰着・歩行終了。 車で戻る途中、川俣大橋で荷を拾い着替えを済ます。寝不足で疲れているはずだが、夜は運転していてもあまり眠くならない。それでも何度か目の前に雪庇のハードルが浮かんでハッとさせられた。それだけ昼間苦しめられた印象が強烈だったということだろう。
残雪の帝釈山地を歩くのが目的であり、昼間素晴らしい光景を十分に堪能したはずなのに、まず思い浮かぶのは長い林道歩きのことである。広大な地域に人工的な灯りが全く無いので、月の無いこの夜はいままで見たことがないくらい星が明るく輝いていた。重い荷物を担いでの最後の4時間弱の林道歩きは肉体的にも精神的にもつらいものがあったが、宝石がきらめくかの如く美しい夜空に慰められて、長い長い周回歩行を完結させることができた。素晴らしい天気に恵まれたことに感謝!
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