残雪の釈迦ヶ岳(2005年4月)
年月日: 2005.02.11
目的: 釈迦ヶ岳(高原山)登山
出発点: 林道黒沢-尚仁沢線、標高800m付近
到達最高地点: 釈迦ヶ岳山頂(標高1,794.9m)
到達最遠地点: 同上
天気: 晴れ
出発時刻: 05:55
帰着時刻: 11:26
総所要時間: 5時間31分
遭遇した動物: シカ数頭
前山から見た釈迦ヶ岳  07:40

前山は若いダケカンバに覆われて見通しは良くない。落葉期になんとなく釈迦ヶ岳の姿を確認できるだけ。前山から一旦下ってイラモミの天然林へ向かう途上で太いツツジの木に登って撮った一枚。

いままで気づかなかったが、釈迦ヶ岳南東面の植生は変化が顕著である。山頂は潅木帯、直下の南側はダケカンバとクマイザサ帯、東側はコメツガ・イラモミ帯。

釈迦ヶ岳直下から見る中岳・西平岳   08:48

山頂直下は高原山の中で最も風雪の吹きすさぶ場所に違いない。前日も吹雪いたようであった。樹氷で飾られた山頂を見たことはあるが、残雪でアクセントが付いた光景もなかなか良い。

もう少し湿度が低ければ日光火山群も明瞭に見えたはずなのに。少し残念。女峰山の手前に見えるのが月山・夫婦山・大日向山らしい。

釈迦ヶ岳から見るスッカン沢最奥部   9:00

写真の山々は塩原火山のカルデラに出来た中央火口丘。その背景が男鹿山地。

中央の前黒山はスッカン沢とは無関係。右端の1,700mピークから左端の明神岳西峰までが、スッカン沢最奥部の馬蹄形の壁を形成する。

月曜日に疲れを残さないために日曜日はあまり無理をせず軽めに歩きたい。遠出もしたくないので、近くで人が少ない場所として思いついたのが高原山であった。2003年秋以降登っていないので久し振りに登ってみたい。初めて残雪を踏み締めて釈迦ヶ岳に登ったのが1999年4月3日。この時は誰も訪れた形跡はなかった。日付としては2週間遅いが、今年は積雪が異常に多いから静かな山歩きに丁度良いのではないかと期待した。

明け方、さくら市氏家から塩谷町まで濃い霧に包まれていた。前日の降雨で湿度が高く、朝方の放射冷却で一気に霧が発生したのだ。こういう場合、清澄度はあまり高くならないが快晴が約束されたようなもの。安心して高原山を目指す。毎度のことながら朝早くから藤原宇都宮線(県道63号)を走る車が多い。たいていは西古谷湖に行く釣り客と東荒川湖畔に尚仁沢湧水を汲みに行く連中である。東荒川湖を越えて先に進む車はほとんどいない。土上平放牧場に向かう道に入り、途中で右折して林道黒沢線を進み、黒沢の荻の芽橋を渡ってすぐに左折して尚仁沢へ向かう。予想に反して雪は全く無く、舗装林道に荒れたところ無し。木苺の張り出しも無く、安心して進んでいける。程なく、尚仁沢を見下ろす峠に出た。ここが歴史ある尚仁沢右岸尾根コースの入り口である。

05時55分 歩行開始(標高約800m)。   1999年に初めて訪れた時は、歩く人の絶えた登山道の入り口は藪化して識別できない状態であった。2003年秋に守子神社の再建に伴い笹刈りされたことは把握していたが、なんと今年は法面に梯子がついている。笹刈りは昨年も行われたようでとても歩き易い。道の整備に伴い歩く人も増えたようで良く踏まれている。登山道にはたくさんのカタクリが生えていて、蕾を開かんとしていた。

尚仁沢から上がってくる不明瞭な道と合流する付近で太い倒木が道を遮っていたはずだが、片付けられて影も形も無い。一年も経つとそれなりに変化が生じるものだ。鬱蒼とした天然ブナ林の中を快調に進み、守子神社を過ぎると徐々に勾配がきつくなる。この付近が高原山で最も手付かずのブナ原生林が残されているところだ。ちょうど朝の野鳥のさえずりが最高潮を迎えたところで、ウグイスをはじめいろいろな鳥の声が聞える。これにキツツキの木を穿つ音と、シカの警戒音が混じる。

守子分岐を過ぎてしばらくすると残雪が現れた。前日の降雨と朝の冷え込みで雪はかなり締っている。裏が磨り減った安物の登山靴では滑る。前山の急斜面は全て残雪に覆われていた。1999年は腐れ雪で滑るため笹につかまってやっと登ったのであるが、今年は雪が締り過ぎて少し緊張する。軽アイゼンを持ってくればよかった。

07時28分 前山到着(標高1,435m)。   釈迦ヶ岳林道終点から登ってくる登山道と合流する場所。残雪で道は不明だが、2、3名分の足跡が残っていた。形がはっきり残っていたので、前日に釈迦ヶ岳林道終点から釈迦ヶ岳まで往復した人達がいたらしい。前日土曜日は一時雷が鳴るくらい天気が悪かったはずだが・・・。

前山から先は雪の残っていないところはほとんどなかった。ほぼ登山道に沿って残雪の上を適当に歩く。釈迦が岳や中岳が近づくと、コメツガに雪が被さっているのが見える。一旦雪が消えたはずのクマイザサにも雪が積もっている。前日の雨は標高1,600m以上では雪だったのである。

数本のイラモミを過ぎるとまだ冬の様相で、残雪量が多い。中岳への縦走路に出るまでは斜面を斜めに横切るので、滑落しないように気を使った。縦走路に出ると爆裂火口壁が荒々しい鶏頂山の姿が見える。川治から見る鶏頂山は異様に大きな坊主頭みたいだが、ここから見た姿はすっきりしていて良い。雲ひとつなく晴れ渡り、福島との県境尾根や会津駒ヶ岳までもが見えるものの、予想通り清澄度はいまひとつ。山頂でゆっくりして清澄度が上がるのを待ってみようと思った。山頂に人影が見えないのでしめしめと思ったが、頂上手前20mで山頂に男性登山客の姿現る。1人かと思ったらとんでもない。10名近くいた。どうやら鶏頂開拓方面から登ってきたらしい。山は自分の物ではないが、タッチの差で一番乗りを逃し、自由に眺めを堪能する機会を逃したことがくやしい。

08時55分 釈迦ヶ岳山頂(標高約1,794.9m)到着。    私は団体の登山客が苦手である。登山者という点では同じでも、この類の人達には異質のものを感じてしまう。私が日常の全てから自分を解き放つために山に入るのに対し、彼らは仲間との交わりを求めて山に登り、日常の生活の一部を山に持ち込んでいる。物の見方もステレオタイプ的。山歩きウェアもばっちりキメて、藪歩き乞食スタイルの当方とは対照的。特に、残雪期にこんなところに来るのはいつもの山歩きでは飽き足らなくなった人達で、山歩き歴も豊富だから、若造を見るとなんとなく見下したような態度になる。1人だけ異質な人間が一つの集団に混じると実に居心地が良くないものである。今回は特に相手が悪かった。少し離れて景色を見ていたら、いかにも登山歴が長そうなオバハンが大きな声で「ワカンの紐が解けて垂れてますよー!」と何度も呼びかける。「知ってますよ。いつもこうなんです。」とは答えたものの、本音は違う。きちんと束ねるのが面倒くさいからいつもベロンと垂らして歩いているのだ。親切心なのだろうけど迷惑そのもの。衆人の前で「ファスナーが開いてますよ!」と言われるようなものだ。気分を害されたので逃げるように退散。結局、山頂滞在は3分程度。撮った写真は前黒山1枚のみ。今回を含めて5回登っているが、最悪。

中岳・西平岳方面も剣ヶ峰方面も雪庇が嫌らしく行く気になれない。同じルートを戻ったのだが、残雪は急速に緩み始めていて、歩くにはちょうど良かった。中腹で休憩して一気に前山まで下った。

09時56分 前山復帰(標高1,435m)。    来た道を戻るか、釈迦ヶ岳林道終点を経由して守子分岐に復帰するかどうか考えあぐねていたら、自分が朝登ってきたコースを1人の年配の男性が登ってきた。「私も今朝こちらから登ってきたんです。」「車を見なかったけどどこに置いたんですか?」「林道黒沢線から尚仁沢林道への連絡路の峠からです。」「道理で。私は尚仁沢の奥に停めたんです。」。その登り口を知っているなんてかなりの通である。数年前の消えかかった登山道の様子とは見違えるくらい整備されたこと、前山の登りはつらいけれども栃木県でも有数の手付かずのブナ原生林がこのコースの最大の魅力であること、足尾銅山の製錬のために樹木を伐採したため栃木県では天然林が少なく高原山も例外ではないこと、今日は足慣らし目的で訪れたこと等、嗜好や認識が共通で話が弾んだ。矢板市在住の方で、山岳会には属しておらず単独行が多く、春は残雪歩き、夏は高山植物を愛で、秋は藪も歩くとのこと。既に群馬百名山は達成し、栃木百名山も藤原の4座(持丸山など)を残すのみ。知識も経験も私の比ではない。最近は南会津に行くことが多いそうで、お薦めの山を幾つか教えて頂いた。確かめはしなかったが、この方は2003年初冬に前黒山〜明神岳〜鶏頂山を縦走した際に遭った人物と同じであると思われる。またどこかでお遭いできるであろう。楽しみである。

11時26分 車に帰着。   この後、尚仁沢林道を走って県民の森を抜けて帰宅した。久し振りの高原山訪問で現況を視察できたのが収穫であった。