| 天和3年(1683年)の大地震で葛老山(戸板山)が崩れ落ち男鹿川を堰き止めて旧五十里湖が出現。享保8年(1723年)に大雨により旧五十里湖が決壊し会津西街道が復旧するまでの間、代替ルート確保の必要性から会津西街道の脇街道が整備された。葛老山(戸板山)の崩壊は、付近の人々の生活だけではなく、会津地方や栃木県北部の交通網の発達と後の歴史に大きく影響したのである。この山を知らずして栃木県北部の歴史を語ることはできまい。近代の歴史への影響度という点においては、栃木県の山々の中で堂々No.1に位置づけられるべき存在である。 戸板山とは何ぞや?葛老山の別呼称として用いている文献もあれば、葛老山と併記して戸板山と書いている文献もある。「戸板」という名前は、鬼怒川と男鹿川の間に聳える薄っぺらな平坦な尾根が戸板のように見えることに由来するものであろうか?ならば、戸板山は葛老山の南東に伸びる尾根全体の呼称として用いるのが妥当であろう。よって、この記録上は葛老山と戸板山を区別することにする。天和3年(1683年)の大地震で男鹿川が堰き止められた場所は、湯西川との合流点であったという。地図で見ると胃袋の幽門に相当する辺りの右岸側に崩落した跡が見てとれる。決して大きな山体崩壊ではなかったらしい。葛老山に戸板山尾根がぶつかる辺りなので、「葛老山(戸板山)の崩壊」という表現にも納得がいく。
11月28日、三依方面の天候が思わしくないので中三依手前で引き返した。国道121号線を南下する時に見た、男鹿川と鬼怒川の間に南東にスッキリと伸びた戸板山の尾根が印象的で、葛老山に登るならば是非ともこの尾根上を歩いてみたいと思った。12月4日(土)は雨との予報で、山歩きの計画を立てていなかった。ところが金曜夜遅く退社して空を眺めると星が出ているではないか。帰宅してから天気予報を見て土曜日中は天気が持つことを確認し、Webで地形図を閲覧しておおざっぱな計画を練った。できれば尾根の突端から歩いてみたい。しかし、川治温泉側の尾根突端はどこも急勾配で崖も見られる。五十里湖側の斜面は切り立っていて取り付けない。よって、反対側の川治ダムに着目した。ダムサイト北側のトンネル付近で勾配が比較的緩く、取り付きは可能であると判断。地図を印刷している余裕がなく、単純な尾根往復ルートでもあるので、地形図を目に焼き付けて行く。
取り付き部の様子を探るために葛老トンネルを抜けて川治ダムに向かった。川治第二トンネルの北側に笹刈りされた登り口があるのを確認。トンネル南側にダム作業船のドックのような施設があり、その手前のスペースに車を置いた。
08時02分 歩行開始(標高約630m)。 トンネル北側に抜けて取り付く。尾根の南側はかなり高いところまでコンクリートの吹きつけがされている。北側の勾配も急で、狭い場所を登るのに苦労する。尾根にはスズタケがびっしり生えており、雰囲気悪し。コンクリート吹きつけ部の上に巡視路らしきものがあるので、トンネルの南側のどこからか楽に登ってこれるらしい。この巡視路は送電線鉄塔のためのものではなく、アンテナで受信した電波をCATVでダムサイトへ送るための設備を管理するためのものである。よって、アンテナの先には道は無い。いつものようにマダニを払い落としながらスズタケの藪を登っていく。
08時53分 尾根上に到着(標高約920m)。 スズタケが繁って不快なピーク。眼下にエメラルドグリーンの川治ダム(八汐湖)が見えるのが唯一の救いだ。40mほど下って891mピークへ向かう。尾根は狭いが岩場無し。登り斜面でスズタケの丈・密度がともに高い。掻き分けて細い獣道を辿る。スズタケ藪は物理的にはクマイザサ藪よりも歩き易いのだが、丈が高いのでマダニを気にしなければならないところが難なのである。一方、チシマザサの密藪は大型獣の移動をも困難とするので、歩きにくい反面マダニを気にする必要が無い。
980.0mピークへのやや長い登りのスズタケ藪はもっと嫌らしい。快適な尾根歩きのはずが、自己の山歩き経験上最悪のスズタケ藪歩きになってしまった。ここはまだ三依方面から見た尾根ではないのだから藪があっても仕方ないと自分に言い聞かせて進む。こんな藪でも歩く御仁がいるらしく、なたで潅木を切った跡や空き缶が残されていた。
09時38分 980.0mピーク三角点到着。 五十里地区が見える。三角点はまだスズタケ藪だが、そこから少し先に進むと天国に達したかと思いたくなるほど突然にミヤコザサの美しい尾根に出る。これぞまさしく国道121号線から見上げて想像した尾根の雰囲気。急に歩くペースが上がって順調に葛老山に近づく。
当初は同じルートを往復するつもりでいたが、尾根を歩くうちに考えが変わった。帰りに再びスズタケ藪を通ったらせっかく味わった良い雰囲気が台無しである。葛老山の頂上から南斜面を下って林道を歩いて八汐湖を巡って帰ることにし、南側の植林地を目指して降りれば、コンクリート吹き付けの無い谷から林道に出られることを確認。
右に崩れた作業小屋の残骸、左に図根点見出標を見て進むと、北東を向いて立っている馬頭観音に至る。
10時18分 道祖神到着。 馬頭観音に軽く掌を合わせて戸板山尾根が葛老山にぶつかる場所へ進む。平坦な尾根が突然岩がゴツゴツした急勾配に変化する場所である。ここに不自然な溝が見られる。峠道の跡らしく、道跡が五十里湖側の東側斜面に沿って下っていく(後日、これが葛老峠であることを確認。)。
岩場を抜けると樹木が少なくミヤコザサが深い場所があり、アンテナが立っている。その先は頂上までずっと、腿の高さのミヤコザサの中を西に緩やかに登って山頂に至る。
10時48分 葛老山山頂到着(標高1,123.7m)。 山座同定を楽しみたい方にはお薦めの場所。一箇所でこれだけ多くの山々を見ることができる場所は珍しい。
11時07分 八汐湖へ向けて下降開始。 山頂から少し西へ下がってから八汐湖へ向かって降下。尾根から外れるといきなり深いスズタケの藪でマダニがべったり。昔伐採された場所で大木は無い。ヤマブドウの蔓がたくさんあって歩きにくい。下方が良く見えず少し心配になり、谷右岸側に向けて斜めに藪を突破。杉の植林地を下ると目的の林道が眼下に見えてくる。
11時42分 舗装林道へ降り立つ(標高約760m)。 もうマダニを気にすることはない。着替えをして、柔らかい日差しの中を八汐湖を眺めながら林道を歩くだけ。遭ったのは猟犬を伴ったハンター2名のみ。小峠トンネルの暗闇で壁から迸る湧水で顔を洗ってスッキリ。
13時05分 八汐大橋を渡る。 時間に余裕があるので、田茂沢トンネルを通らずに八汐湖南岸のサイクリング道に入る。まさか廃道化しているとは思わなかった。アクセスが不便で、観光施設も見所もないので、誰もこんな場所には来ない。今後整備されることもないであろう。
14時36分 車に帰着。
|