| 天気予報では当初、23日と24日は高気圧に覆われ爽やかな秋晴れが望めるとのことであった。この機会に、ある場所に日帰りで行ってみようと思っていたが、事情があって土曜日は結局何所にも行かずじまい。一旦気勢を殺がれるとなかなかヤル気が復活しない。前週にひと勝負かけた反動なのだろうか。おまけに日曜日は曇りの予報。山歩きではなく古道探索に目的を変えて、ウダウダと道路地図を広げて眺めると、野門から富士見峠まで伸びる破線が目に入った。 この破線には以前から着目していたが、栗山村になじみがなくこれまで訪れる機会がなかった。所持していた1999年版エアリアマップ「日光」にも記載されているが、一般登山道としての案内は無い。栗山村からわざわざ日光を目指す人がいるとは思えない。とすると昔何らかの作業目的で作られた林道が廃道化している可能性が高い。富士見峠近くの勾配が大きいところでは道が折れ曲がって高度を稼いでいるので、あきらかに車道のコース取り。ところが、野門近くの急勾配では破線が真っ直ぐで車道とは思えない。長い間自分にとって謎だったこの破線の正体を確認してみようとする気になったのが午前一時過ぎ。この地域の2万5千分の1の地図を所持していない。時間が遅いのでWebで地図閲覧をする余裕もなかった。エアリアマップに載っているくらいだから迷うことはないと思い、準備無しででかけることにした。廃なるものへの関心が自分の山歩きの原動力ということか。もし、地図を持っていたらずいぶんと違った展開になったかもしれない。
日曜の朝、快晴の空を見て眠気がふっとんだ。こんなことなら寝不足覚悟で早起きして当初の予定を決行すれば良かったと後悔したが、もう遅い。観念して野門に向かった。野門は今でこそ主要道路からはずれた山の上に孤立したイメージがあるが、奥鬼怒へ至る現在の車道ができるまでは川俣から上栗山に抜けるには萱峠を越えて野門を経由しなければならなかった。集落の中の道は細い。このまま入って大丈夫なのか不安に思いながら車を進めると、集落奥に駐車場があった。10台程度は停められる。民宿の宿泊客が使用する駐車場ではなさそうで、停めても咎められることはないらしい。その先に舗装林道が続くが、「1.9km先に施錠ゲート有り、一般車通行禁止」、「工事現場、特別警戒実施中」、「行方不明、滑落事故多発」などと書かれた楯看板がある。無用なトラブルを避けるため、ここに車を停めて歩いていくことにした。
07時59分 野門集落の奥・林道起点の駐車場出発(標高約975m)。 工事用林道の起点から先にも何箇所か車を停められる広場有り。先行者の車が一台停まっていた。標高1,028mポイント近くのカーブに野門集落の水道施設らしきものがあり、その近くから踏み跡が植林地内に続く。ここでエアリアマップを車に置いてきてしまったことに気づくが、引き返す気にはなれない。迷うような地形ではないのでそのまま地図無し登山続行。しばらくは道は明瞭で廃道というほどではなかった。ところが、スズタケが生えるゴツゴツした沢筋で道を見失う。本当はここで右側の尾根に上がっていく道があったのかもしれないが気づかなかった。右側も左側も斜面に道跡は無い。適当に枯れ沢を辿っていくと上方に林道のガードが見えてくる。ようやく西側の尾根上に登っていく道跡を見つけて辿ると林道に出た。
08時38分 廃道から工事用林道に上がる(標高約1,240m)。 車に置いてきた古いアエリアマップ上ではここまで林道が延びていなかった。林道の反対側に旧道の続きがみつからないし、富士見峠まで林道が延びているような気がしてそのまま舗装林道をテクテク歩いていくことにする。林道カーブを過ぎて資材置き場を右に見やって進むと、熊除け鈴を鳴らす先行者が先を歩いているのが見えた。こちらは旧道を辿ってきたので林道歩きに較べてだいぶ時間を稼いだようだ。
08時54分 神社到着(標高約1,330m)。 さきほど登ってきた沢の源頭部に木製の鳥居があったので祠に掌を合わせてここから再び旧道を辿る。この辺りではスズタケは無く、やや深いミヤコザサのなだらかかな斜面に続く旧道窪みを辿って尾根上に出る。尾根の西側下に林道が走っているが、ここは林道に降りずにそのまま尾根上を辿る。当日はこの辺りから紅葉が盛りであった。コンクリート製の建造物があり、頂部からワイヤーが斜面上方に伸びる。上方にはスキー場で見かけるリフト乗り場のような施設があり、その横の工事用の梯子を登ると眺めの良い林道カーブに出た。
09時15分 野門沢堰堤建設用資材搬入施設到着(標高約1,410m)。 深い野門沢に巨大な堰堤を建設中で、沢底に資材を運び入れるための施設がある。数年しか持たない堰堤をわざわざこんな道路や施設まで作って建設する意味は無い。多量の土砂が不良資産として山中に溜め込まれるだけである。アユ釣りをするようになって解ったのだが、川はある程度上流から土砂の流入がないと健康状態を維持できない。土砂の流入がなくなると川底が深く削られてかえって浸食が進む。鬼怒川流域ではダムを造り過ぎた結果、上流からの土砂の供給が途絶え、下流域で川床が1〜2m程度下がってしまったという。栃木県は下野新聞でキャンペーンを張って盛んに鬼怒川流域の土木工事の意義をアピールしているが、天井川ではない鬼怒川が氾濫する可能性はまず無いし、ダムに洪水調節機能はほとんど無いので役に立たない。鬼怒川流域のダム建設は後世にツケを回す愚行である。栃木県は公共事業による土木工事に頼らないと地域経済を維持できないのだから麻薬患者と同じ。
林道カーブから再び尾根を辿る。ここから林道終点に抜けるまではミヤコザサに覆われた起伏の少ない気持ちの良い尾根で、素晴らしい紅葉が楽しめる場所でもある。
09時51分 林道終点到着(標高約1,500m)。 林道終点は野門沢の底に第四砂防ダム建設の作業員を運び入れるためのモノレールが設置されている。赤岩山(古賀志山)のパラグライダー滑空施設にあるものと同じである。最大斜度47°とはすごい。ジェットコースターは二度と乗らないと決めているが、こちらは楽しそう。
林道終点からは布引の滝遊歩道の案内がある。整備されて新しいようで歩き易い。ここから約100mほど登っていく斜面には遊歩道の他に行く筋もの古い道形が残されている。試しにこちらを適当に辿ってみたが最後は再び遊歩道に戻る。
10時06分 布引の滝遊歩道分岐点(標高約1,610m)。 雄大な布引の滝を遠望できる分岐点で遊歩道と別れ、歴史ある富士見峠への道を辿る。ほどなく右手に山ノ神が祀られているので、ここでも安全祈願。さらに細い尾根上を進むと左手に子育地蔵なるものがあり、祠の中にはお地蔵様がある。
歩く人が少ないので、岩石が剥き出しになっておらず歩き易い。尾根が広い緩斜面に変わる所からは針葉樹が鬱蒼とした原生林となる。道筋がわかりにくい場所もあるが、そういった場所には必ずといって良いくらいに「富士見峠方面」とかかれた標識があるので安全である。
10時30分 金冷泉到着(標高約1,840m)。 名前は立派だが、沢に水がチョロチョロ流れているだけ。ここから南西方向が「富士見峠方面」。その反対側に女峰山方面を示す標識があった。地図を持っていないのでどこまで歩いたのか把握しておらず、原生林の中で見通しが無いので、女峰山まですぐに行けるような気がした。そちらに踏み出してはみたものの、踏み跡が見つからないし、目印も無いのであきらめ、おとなしく富士見峠を目指すことにした。結果的にこれは大正解であった。ここから帝釈山の山頂まで直線距離にして2kmもあるのである。
一箇所、倒木の枝が邪魔になっている場所があったので、久々に鋸を使用して人が潜れるように枝を切り取っていて時間ロス。
10時58分 林道に抜ける(標高1,862m)。 突然開けた場所に抜ける。昔の林道の跡である。これまでの原生林の中の道とは異なり明るい雰囲気。道の両側には笹の替わりにびっしりと針葉樹の幼樹が生えている。この時はまだ林道跡が野門側から登ってきていると思っていた。
途中、左側に朽ちて崩れた小屋の残骸があり、ビンビールのケースや一升瓶が幾つも転がっている。昔はここに飯場があったのであろう。もしくは伐採した樹木の集積場であったのかもしれない。
南に向かうとき、右前方に樹木越しに小真名子山が見えるので富士見峠まですぐに到達できるような錯覚にとらわれるが、実は勾配が緩やかな帝釈山の北西斜面を巻いているだけである。これから道路が折れ曲がるので富士見峠まではまだまだ時間がかかるはず。あわよくば小真名子山くらいは登れるかもしれないと期待していたが、富士見峠まで到達することすら怪しくなってきた。日照時間が短くなってきているので午後4時までには下山しないと危険だ。ということは若干余裕を見て正午までには富士見峠に到達したい。時間に余裕が無いせいで、休憩を十分にとらずにエネルギーや水分補給を怠って先を急いだので、左腿の内股が軽く痙攣し続けている。近道したくとも地図を持たぬので危険を冒すわけにはいかない。我慢して忠実に林道跡を辿って鞍部に到達した。
道路が折れ曲がる場所は勾配が急であるため一部で崩壊が進んでいる。路肩が崩壊した場所では見晴らしが良いので歩いてきた山域が良く把握できる。
12時05分 富士見峠到達(標高2,036m)。 てっきり樹木の無いガレた場所で富士山が見えると思い込んでいたのだが、樹木に囲まれた静かな十字路であった。到着した時には無人。小真名子山から下ってくる登山者の話し声と鈴の音が聞える。少し野門方面に戻って日当たりの良い場所で昼食を摂り、滞在時間10分程度でそそくさと引き返す。
下りとはいえ野門までは遠い。砕石の上を歩くので足裏の疲れも感じる。林道跡歩きをなんとか短縮したい。地図はなくとも道筋が頭に入ったので思い切って林の中を近道した。富士見峠寄りの場所で迂闊に林を下るととんでもないところに行ってしまう。なるべく北に寄ってから下れば林道跡を串刺しにできるし、万が一はずれたとしても斜面の流れに忠実に下れば最終的に林道跡に出会う。林の中には切り株が多数残されており、電気を引くのに用いたと思われる碍子も落ちていた。林道の建設目的は伐採した樹木の搬出に違いない。大きなYUASAのバッテリーが棄てられていたりするので、規律の無い伐採業者だったらしい。もっとも国立公園の原生林を伐採するくらいだから、ゴミを棄てるくらい平気であったろう。
林道跡は登山道との接続点よりもさらに野門側に延びているように見える。林道跡は野門の舗装林道の続きだとばかり思っていたため、そのまま林道跡を歩いて下山しようかと思っていた。しかし、わざわざ「野門・焼小屋方面」と書かれた登山道の標識があるので、この林道跡を辿ると野門へは下れないような気がした。とんでもない場所に下りたら家に帰れないので、冒険はせずに安全策をとって、来た道を戻ることにした。この時期、午後一時頃でも日が西に傾きかけると不安になる。
登って来る時に鋸で倒木の枝を切除した場所にさしかかった。倒木の下を潜るのが面倒で左手(西側)の林の中を迂回しようと考え、道から離れて歩きやすそうなところを下っていった。ところが、どこまでいっても登山道には行き当たらない。どうやら登山道は右に(東側)にカーブしていて離れてしまったらしい。引き返そうと思ったとき、足元にゴミ袋のようなものがあるのに気づいた。かなり古そう。ひっくり返して中身を調べて見ると1〜2名用のテントであった。自分が所持しているアライのテントに似ている。落ち葉に埋もれていたのはそれだけではない。折りたたんだシートのようなものが2袋とプラスチックの容器が出てきた。容器から出てきたものは意外にも釣具。がまかつ社の釣り針とサンライン社の渓流釣り用ライン:パワードなどが入ってきたので、所持者が釣り人であったことは間違いない。しかし、何故こんなところに荷物が捨ててあるのかが理解できない。わざわざここに荷物を捨てるはずは無い。場所的に釣り人は野門沢ではなく大事沢を遡行しここまで登山道を探して登ってきたと考えられる。しかし、登山道のすぐ近くまで達していながら何があったのか?ひょっとしたらこの山域のどこかに白骨が転がっているのかもしれない。気味が悪くなってきた。すっきりしない思いを懐いて下山するのは釈迦ヶ岳直下の残雪からテントがはみ出ているのを見た時に続いて2度目。これが遭難だとしたら明日は我が身か?
13時20分 金冷泉帰着。 ここまで下れば道が明瞭なので安心。山ノ神に寄ってみるとお神酒が3本供えてあった。末廣の一升瓶のお酒はほとんど劣化していないので、おいしいお神酒を少々頂いた。ご利益があるかも。
13時37分 布引の滝遊歩道分岐点復帰。 朝、見かけた人物には結局行き会わなかった。彼は布引の滝に行ったのであろう。布引の滝に行くには数百m下らなければならないらしい。時間が無いので後日の楽しみとして下山。
13時54分 林道終点帰着。 終点の先は人の手が入った形跡が無い。つまり富士見峠から続く林道跡は野門から延びているのではなく、南側から富士見峠を越えてきていたのである。冒険せずに登山道を辿って良かった。
林道終点から標高1,410mのカーブまでは林道を歩いた。 大事沢でも堰堤工事をしているらしくモノレールが設置されている。標高1,410mのカーブからは旧道を辿り、登りに辿れなかった区間もなんとか道筋を見つけて標高約1,240mの場所まで近道。ここからはしばらく舗装林道を歩いたが、やけに距離が長い。野門集落の水源から導水する管があったのでこれに沿って近道。こんなことを繰り返しながら歩く時間を短縮できた。足元にさえ気をつければ適当に斜面を下ったほうが断然お得。
15時11分 車に帰着。
距離は長いが静かで歩き易いコースである。特に危険な場所は無い。日照時間の長い時期に再び野門から歩いて日光の山々に登ってみたい。
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