| HPに高原山の名をつけているにもかかわらず、実は塩原側・藤原側について良く知らない。氏家の反対側で行くのが億劫だったし、元々南側の雰囲気が気に入っていて南側の山域ばかりウロチョロしていたためである。今年中に塩原側・藤原側を調査してみるつもりではいたのだが、比較的歩きやすい山なので後回しにしていたらいつのまにか冬になってしまった。今年はもうだめかと思っていたのに、今年は暖冬で12月に入っても高原山に積雪が見られない。スキー場関係者にとっては大変なことだが、この機会を利用しない手はない。もともと暖めていた計画(前黒山・明神岳・鶏頂山縦走)を実行することにした。 12月7日の天気予報は平地は晴れで山沿いは雪とのことであった。高原山は栃木県北部の山沿いの定義にあてはまるかどうか微妙な位置にある。塩原側は降雪しながらも晴れ間が覗くだろうと予想したのだが、まさに一日中その通りとなった。朝7時の段階で平野部の氏家は放射冷却により気温1℃。これに対し、塩原町関谷では雲がかかっていたため気温がなんと9℃もあった。さすがに塩原温泉まで行くと雨が降っていて気温も少し下がるが、それでも氏家よりは暖かい。朝日が照り付けて、日塩もみじラインを登っていく間ずっと美しい虹が出ていた。
またしても地図を忘れてしまったが、高原山の大体の地形は頭に入っている。スッカン沢の最奥部の尾根を縦走するだけなので、視界が悪くなっても迷う心配はない。前黒山治山材料運搬路のゲートを過ぎて道が二股に分かれる場所に車を置いた。
8:10分 歩行開始。 自分が山に登るのは頂上を含む山の様子とその周囲の光景を確かめたいからであって、天気が悪ければ登る意味がなくなってしまう。朝は山にガスがかかっていて、日が翳り雪が舞っていてとても寒い。この時点ではとても山に登る状況ではなく先行き不安だったが、天気が快復することを期待して出発した。時々強い雪混じりの風が吹き、顎が冷えて口が回らなくなる。今年初めて、釣り用に買った安物の耳あて付きの帽子を被っていくことにした。
林道の名前は前黒山治山材料運搬路であるが、現在では主に林業関係者が使用しているようである。幾つも道が分かれたり交差したりしているが、道がどのようにつけられているのか大体把握しているので迷ったのは一度きりであった。植林地帯は道路の状態も良く道横のササはミヤコザサがほとんどである。ところが、植林地帯を過ぎると道路は廃道となっており、これは全くの想定外であった。荒れてクマイザサにびっしり覆われており、若木も生えている。ちょうどこの辺りから気温も下がってササの葉に雪が積もっていて歩き難くなる。結局この日は最初から最後までレインウェアを着込んで歩くこととなった。
道は空沢の前黒山側斜面に沿って徐々に高度を上げていく。道が放棄されてから少なくとも10年以上は経っているであろう。土砂で埋もれた場所や斜面崩壊で失われた場所が何ヶ所もある。石積みの橋は立派に残っているが木製の橋は朽ちて崩壊してしまっている。生えているササが違ってはいるものの、まるで横川からひょうたん峠に抜ける旧車道と同じ様な状況である。たまに遠慮気味に小さい赤テープが付いているが、ほとんど人が通った形跡は無く、カモシカらしき動物の獣道がついているだけの寂しい場所。
前黒山は登山道の無い山なので、どこか適当な場所から取り付かなければならない。薙ぎを渡った後で、道がS字状に折れ曲がり高度を稼ぐ場所がある。右に続く背丈ほどのクマイザサにびっしり覆われている道が前黒山治山材料運搬路だが、山の上に向かう左側の支道が気になったので進んでみた。しかし、終点は薙ぎで、中に砂防堰堤が一つあるのみ。引き返して前黒山治山材料運搬路を進む。直登はあきらめ、スッカン沢を見下ろす終点から1,700mピークに登りそこから尾根伝いに前黒山を目指そうと考えたのである。ササを掻き分けていたら突然足元に朽ちた木製の橋が現れた。天気も悪いし沢に下りて先に進むのも嫌になり、この段階で山登りは止めて帰ろうと思った。
10:04分 崩壊した橋で一旦引き返す。 戻る途中で先ほどの薙ぎが気になって再度砂防堰堤に行って見た。太郎山の新薙のように危険では無さそう。広くはないが高度差のある薙ぎで、ここを登っていけば雪が積もったササ藪の急斜面を登らなくて済む。しかも前黒山山頂はたぶんこの薙ぎの上辺りにありそうである。よって、予定になかった薙ぎ登りを開始。
いまにも崩れ落ちそうな場所は無く、尾根が近いことを感じさせるくらいの高みまで薙ぎを登っていくことができる。薙ぎの最上部近くで左側のコメツガ林に入る。ここも雪を被ったクマイザサがびっしり生えていて手が悴む。普通の手袋が嫌いで3本の指先が露出する釣り用の手袋を愛用している。まともに藪漕ぎをしたら悴んでたぶん登ることは不可能だったであろう。コメツガ林とササ藪の急斜面を10分ほどかけて登りようやく尾根上に近づいた。
10:30分 前黒山山頂到着。 白いビア樽のような物が杭に掛けられているのが目に入った。ドンピシャで前黒山山頂に登りつめた。ここまで目印が全く残されていなかったので気分爽快。山頂はクマイザサに覆われた開けた場所で、周囲の山々が良く見渡せる。それまで吹雪のようであったのに、山頂に滞在する間は日が射し、高原山の山々だけでなく日光までも眺めることができた。大田原・小川・喜連川方面の田園地帯がキラキラ輝いて見える。後で三角点の写真に写っていたササの茎を見ていて、山頂のササについては本当にクマイザサだったのかどうか確信が持てなくなった。なんとなく茎が華奢で紫色がかっておりミヤコザサの特徴を有している。春に1,700mピークに登った時も思ったが、この山域にはミヤコザサとクマイザサの中間的な特徴を持つササが存在している。
ササに埋もれた三等三角点を探し出した後、しばし写真撮影をして時間を費やす。春に登った前黒山東南東の1,700mピークに続く尾根はササに覆われていて歩く気がしない。赤紐もテープも残されていなかったが薙ぎから登るのが正解だと思う。前黒山治山材料運搬路がスッカン沢を見下ろす尾根まで続いているのが見える。終点付近は気持ち良さそうである。一応、前黒山登頂は果たしたので、縦走しないまでも道路終点までは行ってみようという気になった。
10:55分 前黒山下山開始。 薙ぎを下る時も特に危険は感じなかった。前黒山治山材料運搬路に復帰し、朽ちた橋の所で枯れ沢を渡り、順調に先に進む。
11:24分 スッカン沢を見下ろす尾根到着。 私はスッカン沢の眺めが好きである。風裏にあるため温かく雰囲気も明るい。遮る物が無いので開けた雄大な眺めが素晴らしい。
スッカン沢を見て道路終点に達したと思ったらそうではなかった。なんとスッカン沢側の急斜面にも道路跡がある。部分的に崩壊していて危険な場所だが、これを利用すれば目の前の1,600級ピークを巻いて明神岳に近づけるかもしれないと思い進んでみた。残念なことに崖で終点となっているのだが、崖下には太いワイヤーが明神岳方面に続いている。スッカン沢の中で何が行われたのかわからないが、とにかくこの道路の第一の目的はスッカン沢の中に資材を運び入れることにあったのであろう。今では鹿股沢治山用材料運搬路がスッカン沢の奥深くまで延びており、前黒山治山材料運搬路はお役御免となったようだ。将来復活することもないであろう。
時間的にはまだ余裕がある。道路は利用できなかったものの、スッカン沢の暖かさに励まされて一旦あきらめかけた明神岳への縦走という希望が復活した。体調も良い。雪を被るクマイザサの藪尾根にエンジン全開モードで突入。確か地図には道路終点から明神岳に至る歩道が記されていたはずだが、何も無い。全てクマイザサに消されてしまっている。昔の踏み跡らしきものがたまに現れるがうまく辿れない。もうどうでも良くなって稜線沿いに登り、1,627mピークには比較的楽に到達することができた。
雪が舞っているため明神岳との間の鞍部が何所なのか良く見えなかった。対面の明神岳の薙ぎを目標にして1,627mピークを下ったところ若干西側の谷に逸れた。かつて先行した人も同じ様なミスをしたようで、道路にあったのと同じ赤テープが残されていた。ガスがかかったら潔く戻るつもりだったが、鞍部まで来たら明神岳に登ってしまったほうが帰りが楽だ。一つ目標を達成するとそれが次の目標に至るブースターとなる。
明神岳の登りは傾斜がややきつく倒木が多くて少し時間がかかった。幾つか古い目印が残っていたが最近人が歩いた気配は無い。登りつめると展望台が見えてくる。
12:25分 明神岳東峰山頂到着。 もう藪尾根を歩かなくて済むのかと思うとほっとする。ここからは余裕でルートを選択できる。ハンターマウンテンスキー場を下って帰るもよし、西峰を巡ってから下るもよし。釈迦ヶ岳まで行くことも可能だ。展望台で雪の舞うスッカン沢を眺めながら昼食を摂り、西峰に向かった。稜線沿いの遊歩道の他に、西側斜面沿いに回廊が整備されている。面白そうなので歩いてみた。明神岳は風が強く寒い。積雪量もかなり多いらしい。昨年の最高積雪量を示す印が信じられない位置についていた。
12:53分 明神岳西峰山頂到着。 少し大回りして南側から西峰に登り直し、明神岳神社を拝んだ。日没まであと3時間と少し。さすがに鶏頂山は遠く見える。下山に1時間、日塩もみじラインを歩いて1時間とすれば、鶏頂山まで1時間で行かなければならない。鶏頂山まで行けるとは思えなかったが、せっかくの機会だからスッカン沢奥部の稜線を辿って途中からメイプルヒルリゾート跡に下ろうと考え、さらに南下した。地図を忘れたので、メイプルヒルリゾートからの登山道に至るには鶏頂山直下まで登る必要があることを知らなかったのである。知っていたら行かなかったかもしれない。
途中で年配の男性と出会った。なんと大間々から明神岳までピストンするのだという。日没まであと3時間。ぎりぎりである。もっとも、相手も私の行程を聞いて少し呆れ顔。この方は以前に大沼方面から沢伝いに前黒山に登ったことがあるという。鹿股沢治山用資材運搬路を使って戻れるかなと考えるあたり、普通の登山客ではなさそう。お互い、「まさか今日こんな所で人に遭うとはねえ。」「お気をつけて。」と言って別れた。
明神岳から釈迦ヶ岳に向かう道の途上には不明瞭な場所がある。定期的に笹刈りされなかったら道の判別が困難になると思われる場所もある。スキー場方面に向かうと思われる案内標示の無い薄い踏み跡があったが、地図を持たないので怖くて入れない。結局、爆裂火口跡である野沢を見下ろす尾根まで登ってしまった。鬼怒川温泉郷がキラキラ輝いて見える。さて、メイプルヒル・スキーリゾート跡に下る登山道に向かえば必然的に鶏頂山に近づく。あの高みまで行くのは嫌だなと思っていたのに、近づくにつれてヤル気が湧く。右に下らずに直進して鶏頂山に登り始めてしまった。途中、下ってくる男性とすれ違う。この日山中で遭った登山客は2名のみ。氷点下なので汗はかかないが鼻水が出る。首から下げたタオルがカチンカチンに凍っていた。
14:00分 鶏頂山山頂到着。 鶏頂山の奥の宮は平成9年建築の立派な社殿である。1,700年以上の信仰の歴史のある山なのだという。時間があればじっくり調べたいものがたくさんあるのに残念。景色も想像以上に素晴らしく、中岳や西平岳を越して南側の景色が良く見える。山部さんの山名板も確認した。日没まであと2時間。登山道が凍りついているので慎重を期しながらもかなりのスピードで下る。
弁天沼から鶏頂山の区間には時を隔てて様々な人が願いを込めて祀った遺物や神様が多く、歴史の深さを感じさせる。特に弁天沼は異様な雰囲気を醸し出している。弁天沼を過ぎ、ヒノキが植林されている緩やかな傾斜を下り、大沼への分岐を過ぎて少し登り返す。
14:37分 メイプルヒル・スキーリゾート跡最高点。 廃業したスキー場のリフトが揺れる様が寂しい。風向計だけがカラカラ回っていた。スキー場横の道を順調に下る間、雪混じりの向かい風がとても冷たかった。
日塩もみじラインからメイプルヒル・スキーリゾート跡への入り口にある大鳥居をくぐり、後はひたすら日塩もみじラインを塩原側に向かって歩く。日没間近で太陽が陰って気温が下がる。さらに、糖質の補給を怠っていたので、いくら勢い良く歩いても体が温まらない。日塩もみじラインを歩いた距離は7km程度あったろうか。さすがに脚の関節に疲れを感じた。
16:02分 歩行終了。 うっすらと雪を被った車に辿り着いて、帰り支度を済ませた時にはかなり暗くなっていた。朝出発する時には天候的・時間的に達成困難に思われたのに、日中は天気が安定していて、つい調子に乗って計画達成してしまった。この季節は時間的にギリギリであるが、春の天気の良い日ならば余裕を持って歩けるコースであろう。体の調子に合わせて適当に計画を変更・縮小できるという安心感もある。チシマザサが無いのも嬉しい。中級の藪山と尾根縦走の組み合わせとしてお薦めのコースである。
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