天沼川東側尾根の旧道探索 (2003年4月)
年月日: 2003.04.06
目的: 天沼川東側尾根の旧道探索
出発点: 第二農場手前(標高400m)
到達最高地点: 金精林道(標高980m)
到達最遠地点: 同上。
天気: 晴れ・強風
出発時刻: 09:47
到着時刻: 14:30
総所要時間: 4時間43分
遭遇した動物: なし。
沢入り沢の入り口  09:47

下塩原矢板線から兵庫畑で宇津野方面に向かう市道に入り、最初に左側に分岐する道に入る。道はさらに二手に分かれる。天沼川左岸沿いの道が入り口である。

道は天沼川の支流である沢入沢沿いに進む。沢入沢の谷はほぼ全て植林地帯となっており、伐採収穫の最中であった。

破線路入り口  09:59

伐採収穫後の再植林が進む沢入沢の谷を進むと左側の斜面を登っていく現役の林道がある。これが地図に表わされる破線路の現在の姿である(写真は登ってきた方向を振り向いて取った図)。

道は尾根を跨ぎ天沼川側の斜面沿いに進む。途中で道から離れて稜線沿いに歩いたので確認はしていないが、第一八方林道の切り通しに抜けているようである。

稜線上には幾つかの古い作業道があるが、いずれも地図上の破線路とは異なる。道があるようなないような稜線を適当に歩いて切り通しに至る。

第一八方林道の切通し  11:09

切り通しから先も進むべき道跡が見つからない。適当に取り付いて先に進む。原生林ということはないと思うが、大きなモミの木が何本も見られ、切り通しの南側とは対照的に自然の雰囲気が残されている。

切り通し北側の尾根の雰囲気  11:36

しばらく稜線沿いに進むと広い道跡が現れる。

藪は無い。尾根上は雑木にアカマツ・モミ・檜が混じり林床がミヤコザサに覆われる典型的な高原山南側尾根の植生である。

道跡  11:49

現在は使われていないかなり旧い道跡である。道の両側の窪みが少し深くなっているので、登山道ではなく、かつて荷車を通した跡であると考えられる。植林地帯ではないので目的は明治時代の薪炭の運搬であったのであろうか?

道跡はさらに尾根上を奥に進む。目的不明の遺構(土を盛った長方形の囲い)を過ぎ、植林地帯を抜けて、沼原線の送電線鉄塔に至る。最後は金精林道に抜ける。

せっかくの週末だというのに5日の土曜日は雨で風も強く山歩きは無理であった。翌日も天気は回復しそうにない。水量が少ない静かな渓流で餌釣りをするなら雨が降っているほうが都合が良いので、最高気温4℃でみぞれ混じりの天候の中、まだ竿を出したことがない天沼川の源流域に行ってみた。この川は渓流魚が自然繁殖していて、昨年生まれた体長4cm程度のイワナの稚魚がたくさん見られたが、何故か釣れたのは綺麗なヤマメだった。成魚放流した魚ではない。どう見てもヤマメの繁殖に向く川には見えないのだが、源流域にも漁協が稚魚放流しているのだろうか?寒くて最後は手がかじかんで針結びもできないありさまだったが、天沼川の様子を知ることができたことはそれなりに収穫であった。夜の天気予報で、翌日(6日)は低気圧通過後の強風が吹くが快晴で気温も上がると予報していたので、天沼川東側尾根の旧道探索を計画した。

明けて日曜日(6日)、予報通り風が強いが快晴で気温が上がりそうなので予定通り山歩き決行である。驚いたことに高原山は標高800m以上で前日に積雪したらしく、まるで真冬のように真っ白である。到達点である金精林道も積雪しているはずで、歩行できるかどうかが気がかりであった。前日と同じ、天沼川の第二農場手前の橋近くに車を停めた。

9時47分 歩行開始。 天沼川左岸の林道は入り口から100mほど進んだところで天沼川の東支流の谷(この谷は沢入沢と呼ばれているそうである。)に入っていく。沢入一帯は近年、大規模に檜の伐採・植林が行われたため明るい雰囲気である。今回の探索対象は天沼川の本流と沢入沢に挟まれた尾根上にある道である。尾根に上がるには林道の途中から左の尾根上に向けて分岐する林道を辿る。植林したばかりの幼樹をシカから保護するためのネットで林道が遮られているので、扉を開けたりネット下をくぐり抜けたりしなければならない。さて、尾根上までは問題なく上がったものの、伐採時に重機が入ったので、到る所山肌がズタズタで旧登山道なるものがどこにあるのか見当がつかない。悪い癖で、登山道は尾根筋にあるという先入感があるので地図も持ってこなかった。後で地図を見て判ったのだが、地図上の登山道と思われた道は尾根を登るときに歩いた林道そのもので、途中までは今も車で通ることが可能である。急勾配を避けるようにして時に大きく巻いたり折れ曲がったりしていて、常に尾根筋を維持している道ではない。元々人間が歩くための登山道ではなく、重い荷物を運ぶための道路として建設されたようである。

登ってきた林道が尾根からはずれて天沼川に近づいていくので旧道ではないと思い込み、伐採地の縁に沿って稜線沿いに進んだ。しかし、稜線上には急登山道らしい踏み跡は無く、左側斜面の植林地の中を見るといつのまにか広い道路跡が下から上がってきていたりして何を信じていいか判らなくなる。また、この尾根は幅が広く傾斜もなだらかなので、稜線自体はっきりしない。広い尾根上をウロウロしながら適当に登っていく。

10時34分 伐採地の最奥部到達。 伐採地最奥部は遮るものが無いので見晴らしが良い。山縣農場の所有地であることを示す表示があった。今後10年くらいはこの眺望が保たれるだろう。日当たりは良かったが気温が低く強風で風花が舞う状況では休憩する気にもならなかった。近くにやや太い旧い石柱を見つけたが何も刻まれていない。ここから先は踏み跡が尾根の東側斜面についている。この時点ではまだ旧登山道=踏み跡という先入感があったので、しばらくこれに沿って進んでみたが、勾配が全く無く、どんどん稜線から外れていく。これは沢入沢奥の植林地に向かう道であり、登山道ではなかった。前日に足を軽く捻挫していたので無理に稜線に復帰せず、石柱まで戻って稜線沿いに登り直した。東側斜面は雑木林、西側斜面は檜の植林地帯である。植林地帯の中を覗くと、再び旧い車道跡が続いている。数十年前に伐採した時につけた道だろうと思い、無視して稜線を歩いていった。

11時08分 林道の峠到達。 天沼川の方から上がって来た第一八方林道が尾根を越えて東側斜面に延びており、切り通しで稜線が分断されている。最初に尾根に上がるときに使った道路の延長と思しきもの(写真Dの右端)がこの林道に連絡していた。わざわざ尾根筋を歩く必要はなかったということか。切り通しの露出面を見た限りでは林道は最近建設されたばかりのようで、地図にも載っていない。地層には断層の跡が見られる。切り通しの向こう側に続く道路が見当たらないし、取り付く場所も無いので、少し林道を奥に進んでから再び尾根に上がった。ここから先はしばらく自然林が続く。雑木にアカマツ・モミ・檜が混じり林床がミヤコザサに覆われる典型的な高原山南側尾根の植生である。

途中から尾根上に幅の広い道跡が現れる。現在は使われていないかなり旧い道跡だが、道の両側の窪みが少し深くなっているのが判る。明らかに登山道ではなく、かつて車(ひょっとしたら荷馬車?)が通った跡である。尾根が広く勾配も緩いので道はほぼ尾根上を走っており、これを辿って楽に歩くことができる。この時点になってやっと、この尾根の道が登山道ではなく荷物運搬用の道路であったらしいことに気付いた。

標高が高くなるにつれて積雪が増し、ついに一面真っ白な雪景色となった。足跡の無い白い道を辿るとき、そのまま別世界に誘われるような感覚に陥る。強風で山鳴りがしていても日差しがあるので気持ちには余裕がある。足首の状態も心配なさそうである。帰りは八方ヶ原−山縣農場ハイキングコースを辿って下ることに決めた。

道の左手の林の中に1.5m程度の高さの盛り土で500坪程の四角に囲われた遺構が3つ並んでいる。囲いの中も外も盛り土の上にも一様に雑木が生えている。何箇所かに出入り口らしき跡がある。炭焼きに関係があるのだろうか、それとも軍用地跡なのだろうか。用途を示すものは見当たらない。積雪が無ければあるいは何か見つかるかもしれない。

12時00分 送電線鉄塔下到達。 送電線鉄塔まで来れば金精林道までそう遠くないことを意味する。谷の向こう側にも金精林道沿いの鉄塔が見える。ここからは広葉樹林の中を歩く。積雪は10cmから20cmといったところだ。旧道は送電線の保守にも利用されているようで沼原線60号鉄塔への方向を示す標識がある。これに従うととんでもない方向に行ってしまうので檜の植林地の左縁に沿って進んだ。

12時20分 金精林道到達。 金精林道への出口は林道起点のすぐ近くで、下塩原・矢板線を走る車の音が聞こえる。出口にはオフロード車が一台停まっていた。この積雪の中、何をしにきたのだろうか?自分の行動はもちろん変人の類だが、こちらもかなり怪しい。2人組で、足跡は金精林道奥へ続いている。足跡の融け具合から見て、1〜2時間は経過しているようであった。既に今年の狩猟期間は終了しているが、密猟者ということも有り得るので用心する必要がある。金精林道は30cmほど積雪している場所もあったが、2人組の足跡を辿って楽に進めた。2人組の足跡は送電線鉄塔のある場所から八方ヶ原−山縣農場ハイキングコースに進んでいた。迷いもなくこのコースに進んでいるところを見ると、この辺りの地理に詳しい人達らしい。足跡は西トンボ沢に消えた。

ここから先は昨年秋に歩いたことがあるので安心である。日差しが強いので光の明暗で視神経が刺激されたらしく少し頭痛がする。寝て眼を休めない限り回復しない頭痛なので早く車に戻らないと危険である。カラマツ林で軽く昼食をとり着替えをしてから急いで下った。

せっかくなので山の神に参拝し、さらに陸軍用地の標柱にも立ち寄った。前回は気付かなかったが、近くには三等三角点が設置されている。

13時30分 防衛庁の電波中継塔到達。 今年は体が鍛えられているせいか、昨年秋に較べると急な車道の下りが苦にならない。しかし、単調な下りで見るべきものがない時期なのでつまらない。ふと左の檜の植林地を見ると、緩い勾配の斜面が続いているので、道からはずれてふかふかした林床を下った。途中でみつけた踏み跡に沿って木ノ芽沢林道に出、車を置いた天沼川まで市道を歩いて戻った。

14時30分 歩行終了。 時間が余ったので、前日何も釣れなかった近くの堰堤下の大きなプールに再挑戦したが、ゴミのようなカジカが2匹釣れただけであった。大物がいない証拠である。

今回の探索には正直なところあまり期待していなかったのだが、意外に歴史が深そうな道であることを発見できたのが収穫であった。八方ヶ原に到る幾つかの尾根の中で最も幅が広く勾配も緩いので、荷馬車道建設に最適なルートであり、かつては最も交通量が多い道だったのではないだろうか。