| 1日(土曜)の朝に車検に出していた愛車が戻ってくることになったので、急遽独りで猪苗代に帰省することにした。帰る途中で山歩きをしようと思ったが、車が戻ってくるのが9時以降だから、時間的に本格的な登山は無理なので桝形山に行ってみることにした。 福島の山のことを考えていたので当日は高原山の地図を忘れた。桝形山で道に迷う心配は無いが、なだらかな地形なので何所が山頂なのか見当がつかない。確か桝形山は林道起点より北側にあるはずと思い、車をゲート前に停めて林道をしばらく歩く。左側はヒノキの植林地で、間伐したばかりのヒノキが放置されたままになっていて見通しが悪い。林道が右側にカーブする辺りでヒノキ林に進入してみると、ヒノキ林の奥行きはなく、すぐに鹿股川が形成した深い谷を見下ろす場所に出た。谷に面した稜線は植林されておらず、落葉した明るいミズナラ林になっている。ヒノキ林を抜けたところはちょうど八方ヶ原と桝形山の間の鞍部になっている場所であった。稜線沿いに踏み跡がかすかについている。新しい赤紐も点々と残されている。これを辿って、紅葉を眺めながら落ち葉の積もったフカフカした林床を快適に歩き、簡単に三角点に到達した。
大正時代以降、八方ヶ原から桝形山にかけての広大な地域が陸軍用地で、軍馬育成のための放牧地として使用されていたという。ひょっとしたら「陸軍用地」と刻まれた標柱があるかもしれないと期待したのだが、残念ながら当時の陸軍の活動の痕跡は見つからなかった。一見したところ自然林だが、山頂の南側にはかつて荷馬車でも通したのではないかと思われる痕跡があったので、かなり古い時代から人の手が入っていた可能性がある。道跡らしきものが明治の炭焼きに関連するのか、それとも陸軍に関連するものかは判らない。
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