| 磐梯山の赤埴山と櫛ヶ峰の間は琵琶沢と呼ばれる。川桁から裏磐梯に向かうときは、川桁山地沿いの旧軽便鉄道(沼尻鉄道)跡に作られた真っ直ぐな一本道を利用するのだが、ここから琵琶沢の様子が良く見える。浸食で形成された谷ではなく、あきらかに昔の大規模な爆裂によって形成されたものであることが判る。私は真新しく荒々しい爆裂火口よりも、活動を停止して浸食が進み人々の記憶にも残っていないような場所に魅かれる。そんな訳で、個人的には琵琶沢が見える磐梯山南東からの風景が最も気に入っている。 磐梯山には全部で3つの爆裂火口が存在する。一つは大磐梯、櫛ヶ峰、赤埴山の3峰に囲まれた「沼の平」と呼ばれる平坦地、次が沼の平直下の琵琶沢、そして裏磐梯の爆裂火口である。1970年代に刊行された猪苗代地方史研究会の会報「磐梯山」に拠ると、土木工事の際に露出した泥流堆積物の分析から、琵琶沢の爆裂が最も古く、少なくとも2回の爆裂があったと推定されている。大磐梯・小磐梯・櫛ヶ峰を形成した沼の平の爆裂は比較的新しくて2〜3千年前のこととされる。そして小磐梯を崩壊させて現在の裏磐梯を形成した最後の爆裂が明治時代に起きた。火山活動の後期に水蒸気爆発による山体崩壊を繰り返すのは高原山に似ている。西側の猫魔山を八方ヶ原に見立てると山の形状も良く似ている。私が高原山に親しみを感じる理由の一つであろう。
渋谷部落が入り口の国際スキー場(現在は営業停止中とも聞く。)のスロープの中を林道が走っており、スキー場の上方の砂防堰堤が終点となる。終点の若干手前に渋谷登山口がある。幾つかある磐梯山登山道の中で最も利用者の少ないのが渋谷ルートである(楽でポピュラーな磐梯山の登山道はゴールドライン・猫魔八方台からのルートで、登山客の8割方はこのルートを使うのではないか?秋の紅葉の時期は入り口から頂上まで人の列ができる。次に人気があるのが猪苗代スキー場からのルートである。翁島からの直登ルート、川上からの爆裂火口壁ルート、及び裏磐梯スキー場からのルートを通る人は少ない。)。実は渋谷登山道は旧道と新道がある。旧道は櫛ヶ峰の爆裂火口を巻くようにつけられていたようだが、猪苗代地方史研究会の記述に拠れば1970年代に既に廃道状態であったそうなので、今ではその痕跡すら見つけるのが困難と考えられる。新道は一応笹刈りが行われていて、通行可能である。
春の連休で帰省し、独りで渋谷に向かった。山開き前の残雪が厚い時期なので頂上に行こうという気はなかった。渋谷登山道がどんなところなのか知りたかっただけで、沼の平まで行ければ良いと考えていた。1980年代にオフロードバイクで林道終点まで行ったことはあったが、今回は車なので少し勝手が違う。途中で道が荒れていたので車を停めて歩いていくことにした。登山道入り口は昔と変わりなかった。登山道の半分程度は残雪に覆われたままだが、なんとなく道が判る。何日か前にこのルートを通った人がいたようで、残雪の上に痘瘡のような足跡が残っていた。残雪があるということは積雪に強いネマガリタケ(チシマザサ)が密生する場所であることを意味する。ところどころ笹刈り跡の鋭い切っ先が出ている。定期的に笹刈りをしなければ通ることは困難であろう。
ちなみに猪苗代では、各家庭が春にネマガリタケの筍を採り、皮を剥いて適当な長さに切った状態で加工工場に持ち込み、缶詰にして保存する。会津地方では冠婚葬祭に芋汁を出すのが習しで、筍はその主要な材料の一つである。猪苗代の山は高いところに行けば至るところネマガリタケが密生しているが、磐梯山の筍は特に味が良いとされている。南斜面の二口林道は筍採り専用の山道で、肥料の袋が多数捨てられている。良い筍を採るために業者が山に肥料を撒いているのだろうか。
登山道は琵琶沢の櫛ヶ峰側の斜面に沿ってつけられている。反対側斜面の赤埴山林道終点にはオフロード車が停まっていた。残雪の中、よくもあんな所まで車で行くものだ。ネマガリタケの密生地を抜けるとガレ場に出る。沼の平ができたのは有史前のはずだが、なぜか櫛ヶ峰の斜面には今も満足に植物が生えていない。櫛ヶ峰の上方を見ると、今にも転げ落ちて来そうな大きな岩が斜面に幾つもある。長居は無用だ。沼の平から雪解け水が流れ下る沢は残雪をかぶっていた。これを越えて沼の平に到着した。沼の平に来たのは20年振りのことだったが、この季節に来たのは初めてであった。沼の平には池が常時幾つか存在するのだが、雪解け水によって別の大きな水溜りができていた。残雪の上を歩いている登山客が見えた。猪苗代スキー場かもしくは赤埴林道へ向かう人のようであった。沼の平の北側は樹木が無く、とても歩きやすい。自然保護の観点からはやってはいけないことになるのだが、噴気口の東側の道無きところを通って、新爆裂火口壁の方面に向かった。爆裂火口壁の縁に登山客が2人立っていて、遠く離れているのに英語の会話が良く聞こえてきた。櫛ヶ峰斜面の反射効果だ。外国人観光客が裏磐梯方面から登ってきたものと思われた。春の連休とはいえ、残雪の深いこの時期に登山する人が何人もいるのには驚きであった。頂上まで行く人もいるのであろう。
爆裂火口壁の縁に立つと、櫛ヶ峰側の断崖からひっきりなしに岩石が崩れ落ちていく音が聞こえてくる。今も少しずつ崩壊が進んでいるのだ。沼の平側から櫛ヶ峰に登ることは勾配的には不可能ではなさそうだが、ガレ場がほとんどなので危険である。いつか櫛ヶ峰に登ってみたいものだが、川上方面から樹木に覆われた場所を登るのが賢明のようである。
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