高原山の 峰 / 高原 / 尾根

活動初期は溶岩と火山灰の噴出による巨大な複合火山を形成、後期には何度かの爆裂崩壊を起こしたと推測される。このため、火山といっても地形が複雑で峰が多く、広くなだらかな溶岩台地や急峻なガレ場、溶岩ドームがあって変化に富む。

 

釈迦ヶ岳
標高1,794.9m。高原山の最高峰で360°のパノラマを誇る。山頂には一等三角点が設置されている。写真は西平岳から見た姿である。左手前は中岳である。

南側と北西側に山頂に至る道がある。南側は下ってすぐに@前山ルートとA中岳・西平岳縦走ルートに分岐する。北西側も同様にB鶏頂山スキー場方面ルートとC大間々方面のルートに分岐する。アプローチの最も短いのがBで、高低差の最も少ないのがCであり、登山客の多くがこのルートを利用する。景色の良さでは@、Aが優る。ルート@については尚仁沢登山道を参照。ルートA、B、Cについては昭文社の「エアリアマップ 山と高原地図K那須・塩原」に詳述されているので参照されたし。

山頂はなだらかで、樹木は丈が低く、展望の妨げになるものは無い。特筆すべき高山植物が無く、岩場もないので、1,800m近い山頂とは思えない雰囲気である。山頂には高原山神社が祀られている他、釈迦如来が設置されている。中岳側に少し下ったところにも小さな神様が祀られていたが、2003年に訪れた時には崩壊していた。何時ごろ、誰が、何のために設置したものであろうか。

前山
標高1,435m。南側からひたすら樹間を単調に登って最初に至るピークである。ダケカンバ主体の落葉樹に覆われている。釈迦ヶ岳から離れているため春先は目的地の釈迦ヶ岳を良く眺望できる。つまらない名前であるが、これほど納得のいく名前もない。

前山の山頂にて、歴史は旧いが利用者の少ない尚仁沢登山道と、釈迦ヶ岳林道終点が起点となる釈迦ヶ岳登山道が合流する。

西平岳
標高1,712m。鶏頂山、釈迦ヶ岳、中岳とともに爆裂火口壁を形成する。名前の通り、前山ルートから見ると平たいなだらかな尾根である。登山道から潅木の茂みに分け入り、標高の最も高そうな地点にいけば山頂の標識にたどり着く。見通しが悪く、山頂の雰囲気は無い。

釈迦ヶ岳林道の尾根取り付きからしばらく急登し、あとはひたすら緩斜面を登る。アクセントの無い単調な登山道である。

中岳
標高1,730m。写真は前山から釈迦ヶ岳に至る途上から見た姿である。釈迦ヶ岳と西平岳の中間にある岩山で、この山だけ他の山と植生が異なる。コメツガが多く遠目には黒く見える。シャクナゲも生育している。山の裏側は光の当たらない急峻な爆裂火口壁であり、冷え冷えとした雰囲気である。

岩場が多く、積雪時は滑ったり、隙間に足を挟まれたりする可能性があるので気をつけたい。何箇所かにロープが這わしてある。山頂付近に板金で作られた粗末な神様が祀られている。

剣ヶ峰
標高1,540m。スッカン沢北尾根から見た剣ヶ峰。

剣ヶ峰山体で最も高いのが標高1,590mのピークであるが、剣ヶ峰山頂とされているのはその北側にあるピークである(写真中央)。南から高原山を見ると、剣ヶ峰が大間々・八方ヶ原を含む尚仁沢以東の山塊の主峰であることは一目瞭然であるが、北から見るとスッカン沢南尾根の一つの小ピークにしか見えない。

大間々から釈迦ヶ岳に至る登山道は剣ヶ峰山頂を巻くようにつけられており、ほんの少し寄り道をすれば山頂に至る。剣ヶ峰山頂は樹木に覆われていて見晴らしは良くない。近年、剣ヶ峰から大入道を経て小間々に至る遊歩道が整備された。

もっと南側には尚仁沢に面した見晴らしの良いガレ場があり、ここのケルンが立つ光景が剣ヶ峰の一般的なイメージである。

大入道
標高1,402.4m。スッカン沢北尾根から見た大入道。

スッカン沢南尾根にできた大きな腫れ物のような存在。大入道に至る遊歩道は近年整備されたばかりであるが、山岳仏教に由来する名前から察するに、古くから修験者の通り道が存在していたと考えられる。

大規模に炭焼きが行われていた明治時代後期には、矢板から大入道まで薪炭運搬のための荷馬車道が延びていたという。

桝形山
標高1,086.3m。八方ヶ原の北側に位置するなだらかな高原状の山で、遠目からそれと判るような際立つピークはない。桝形山の西側は鹿股川が形成した深い谷に落ち込む。

八方湖のそばに桝形山林道(一般車通行禁止)の起点があり、林道の西側のヒノキの植林地を抜けて、左に谷を見下ろしながらミズナラの林を北に進めば散策気分で行ける。遊歩道は無く、ごく薄い踏み跡が確認できる程度だが、ササ類がほとんど無いので楽に歩ける。三角点は東側の緩斜面と西側の急斜面が出会う稜線の最も高い所に設置されている。眺望は良くない。落葉時ならば樹間から剣が峰方面を眺めることができる。

カエデ類が多く、ミズナラが落葉した頃(10月末)に残っている紅葉が美しい。

富士山(新湯富士)
標高1,184.1m。前黒山の北側の溶岩台地上に突き出た溶岩ドーム。全山が直径50〜100cm程度の岩が積み重なったような感じで、高原山の中では異質の存在。この山の形成時期については定説は無いようだが、堆積物が少ないことと、麓の新湯で火山性ガスの噴出が見られることから、新しい山であることは間違いない。

周囲には自然探求路が整備されている。大沼側から往復約1時間。登山道のほとんどが岩がゴロゴロして苔むしてツルツルしているので、濡れている時は注意されたし。山頂はネズコやモミで覆われており、眺望は全く無い。

ミツモチ山
標高1,248m。剣ヶ峰から南東方向に延びる尾根の突端であり、ピークらしきものは無い。展望台があるが、そこよりも若干南に下った場所に大変眺望の良い場所がある。

県民の森の高原林道からミツモチ山を経由して大間々に至る林道ミツモチ八方線があるが、一般車は通行が禁止されているので、少年自然の家から登れば広大な山域を気持ち良く散策できる。ミツモチ山から大間々までの区間は通称青空コースと呼ばれている。遠く奈良時代にこのコースの途上に法楽寺という寺があったという。現在の寺山観音寺の前身とされる。

ミツモチ山はハイキングの名所で、ほぼ同じ標高にある大間々の駐車場から出発して、やしおコースと青空コースの2つの自然散策路を組合わせてミツモチ山で折り返して一周するのが一般的。

前黒山
標高1,678.3m。高原山は南北の2つの火山の複合体であり、前黒山は北側の塩原火山の主峰である。最も高い所は標高1,700mだが、正式に前黒山とされているのはその西北西に突き出たピークであり、高原山の南側からは見えない。氏家町からはかろうじて剣ヶ峰の背後にその姿を確認できる。

山頂は樹木が無く開けており、クマイザサに覆われている。眺望が素晴らしい。登山道は無いが、チシマザサが無いので、ある程度ササ藪漕ぎを覚悟すればどの方角からでも登れる。

写真は明神岳東峰の展望台から見た光景。左側が前黒山、右が1,700m西ピークである。

1,627m峰
名前も三角点も無いが、スッカン沢最奥部の尾根を形成する独立した峰で、前黒山と明神岳の中間に位置する。スッカン沢側の斜面は崩壊が著しい。

前黒山と1,627m峰の間の鞍部まで前黒山治山材料運搬路が延びていたが現在は廃道である。かつて前黒山治山材料運搬路終点から1,627m峰を経由して明神岳に至る道があったらしいが、今はクマイザサの藪に埋もれ消滅した。

写真は前黒山山頂から見た光景。中央に見えるのが1,627m峰で、右が明神岳。奥に聳えるのが釈迦ヶ岳と鶏頂山。

明神岳
スッカン沢最奥部の目立たないツインピークスで、標高1,643mの東峰と標高1,624mの西峰から成る。三角点はないが山岳仏教に由来するらしい立派な名前が与えられている。東峰にはスッカン沢に面した展望台があり、高原山の主な峰のほとんどを一望できる。西峰には明神岳神社が祀られている。西峰の西側斜面にも展望台があり、藤原町側の裾野と日光方面を見渡せる。遊歩道が整備されているので、北西斜面にあるハンターマウンテンスキー場のゴンドラで山頂駅まで上がれば、登山客でなくても東西の峰を巡り一大パノラマを目にすることができる。地味な割には四季を通じて高原山の中で最もポピュラーな存在と言えよう。

写真は前黒山の東南東にある1,700mピークから見た光景である。写真中央右下にある双子の山の右が明神岳東峰で左が西峰。手前側のピークが1,627m峰。左側の裾野が鶏頂山の北側斜面。遠くに見えるのは日光火山群。

鶏頂山
標高1,766m写真は釈迦ヶ岳山頂から見た姿である。

別名「金鶏山」と呼ばれたそうで、金の鶏に導かれ開山されたといわれる。山頂には道祖猿田彦大神を祀る。1,700年以上の信仰の歴史を持つとされるが定かではない。しかし、その深い歴史は東の嶽山箒根神社に劣らない。山頂には平成9年に鶏頂山造営奉賛会が平成の大造営によって建立した立派な奥の宮社殿が立つ。

登山ルートとしては西側斜面から登るルートとメイプルヒルリゾートスキー場跡から登るルートの2つがある。後者は釈迦ヶ岳からの登山道と合流する。

社殿や樹木の存在で、山頂からの眺めはあまり良くない。野沢を挟んで南側に対峙する釈迦ヶ岳、中岳、西平岳の眺めが良い。

月山
標高874.8m。この写真は2002年秋に嶽山箒根神社から見下ろした姿である。2003年にモトクロスコースが造られ月山の北半分がズタズタにされた。南斜面にかろうじて手つかずの自然が残されている。 

氏子の住む宇都野地区はこの山の向こう側に位置しており、宇都野地区からの旧参道は向かって右側の斜面を巻くようにつけられている。月山の手前辺り(写真中央)で右の唐滝沢から登ってくる車道と出会う。そこから神社までの旧参道は分断され、現在通る人はいない。

月山の向こう側に、箒川に沿って田園地帯が南に延びる様子が見える。       

八方ヶ原
標高1,060m付近に広がる溶岩台地である。ここに上がってくるまでの急斜面を考えると不思議なくらいゆったりとして開けた風景である。

下塩原矢板線(県道56号)沿いにある八方ヶ原休憩所が入り口である。ここから嶽山箒根神社に向かう未舗装道路の東側は広大な放牧場(八方牧場)になっている。

八方ヶ原休憩所から200m程度のところにみやげ物を売っている高原荘、さらに奥には貸し別荘のん美里がある。冬季はどちらも休業となり、このあたりに訪れる人は電波中継塔や放牧場の工事関係者のみとなる。

県民の森
ミツモチ山南斜面は、「森林浴の森日本100選」にも選ばれた県民の森に指定されている。入り口の県民の森管理事務所(標高600m)の森林展示館では森林について楽しく学べる。隣には猛禽類をはじめとした鳥類の飼育施設があり、一部は一般開放されている。ここから上って標高720mほどのところに少年自然の家がある。両施設の詳細については下記URLをどうぞ。

http://www.city.yaita.tochigi.jp/html/osirase/manabi/manabi-10.htm

http://www.pref.tochigi.jp/syougai-gakusyuu/takaharayama_children's_center.html

大間々台
標高1,300m。釈迦ヶ岳山頂に至る登山道やミツモチ山に至る自然散策路の起点となる、見晴らしの良い高台である。周囲はレンゲツツジの群落で有名で、トイレ・駐車場が整備されているので多くの観光客が訪れる。名称は山岳仏教に由来するらしいのだが、どういう意味があるのかは専門家でも良く判らないらしい。
学校平
八方ヶ原の休憩所付近の俗称。明治後期には八方山地から大入道にかけての広大な地域で、奥村健助氏が興した矢板薪炭合資会社によって大規模な炭焼きが行われ、炭焼き関係者の子弟の教育のために、ここに私立奥村尋常小学校が築かれた。このためここを学校平と呼ぶ。