2011年3月12日   土曜日  午後4:31〜4:49
テレビ放送    「東日本大震災」


昨日の午後2時ごろ、宮城県などを中心として地震があり


午後3時ごろからはNHK・民放すべてが「地震速報」の特番となった。








この写真はネットからで、昨日の名取市の津波。

たぶん日本史に残る写真となろう。














今朝の新聞のテレビ欄はNHKはじめ、どのテレビ局も地震放送いっぽんだった。






一夜開けて、被害状況が更にわかってきた。







以下は地震の翌日、の今日午後4時過ぎのテレビを写した。



日本人は、その一人であるえいちゃんもすぐに忘却の彼方になってしまうので

ページに残し、少しでも自分の記憶として残しておく。












死者・不明舎数は未だに不明。1000人から1450人。









m8.8は100年に一度、または1000年に一度の大地震みたいだ。



















電気・ガス・水道の確保,食糧や暖房衣料、簡易トイレ。



ガスは火災の原因になるから使わないように。


電気は(今回は原発のストップによる電力不足)協力使用を控える。




ケータイ電話は、集中して通話不能になるので最低限の利用にする。



そんな、ことを伝えている。











宮城県に近い岩手県陸前高田市は昨日、

役場も消防も警察も連絡が取れない音信不通の状態であったが、一夜あけてみると・・・残念ながら、やはり・・・街は壊滅していた。















津波に襲われたら安全な場所まで逃げる、そして、「立ち尽くす」、それ以外に方法がない。











えいちゃん夫婦は新婚時代、福島県の浜街道に2年半暮らしていた。


その海は、水平線が見えるきれいな砂丘の海岸がつづいていたが


津波が岸を破壊して内陸まで押し寄せた。



















2週間前にはニュージーランドのクライストチャーチで大地震があり、日本人観光客と語学留学生が犠牲になった。


今度は、ニュージーランドから支援を受ける。




笠岡消防署からも10数人が消防車とともに東北へ今日援助に向かった。










地震・津波災害で、

じつはいちばん心配だったのが原発。








福島県の浜街道は日本一の原発街道。




とにかく「隠す」というイメージが強い。

更に場所は、江戸時代でいえば「出島・関内」のように完全に隔離されている。



状況と情報をオープンにして、対応を誤ることのないようにしてほしいものだ。











テレビを見ている限りでは火事場泥棒の悪者もいないし、



時速300kmの東北新幹線は・・・脱線転覆、負傷者の・・・被災もなかった。



神戸のようにいつの日か復興できることを願っている











つぎ・いきな島一周マラソン














2011年3月12日